カフェで楽しむ源氏物語-Genji Monogatari #2

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源氏物語②【桐壺の巻】物語の始めに無常を描いた紫式部の想いとは

物語というものは、元来、声に出して「語る」ものでした。
『源氏物語』の冒頭も、朗読してみませんか?
平面で動いていたものが、言葉が響きとなって耳からも感じ取ることで、立体となって迫ってきます。

いずれの御時(おんとき)にか、女御(にょうご)更衣あまたさぶらいたまいける中に、いとやんごとなき際(きわ)にはあらぬが、すぐれて時めきたまうありけり。

 

いつの帝の代であったか、彼に仕える多くの女御・更衣といった妃たちの中で、さほど高い身分ではないものの、一人、帝からひたむきに愛されている女人がありました。

物語は「無常」の描写からスタート

始めに紹介しましたように、物語は、さほど身分の高くない桐壺更衣(きりつぼのこうい)という女性が、帝から格別な寵愛を一身に受けていたことから始まります。

当然のことながら、権力者を後ろ楯に持つ他の妃たちの嫉妬は、すさまじいものでした。
その中、彼女はやがて男の子を生みます。
世を超えた美しさで輝く子でした。後の光源氏です。

しかし、桐壺更衣の心身は衰弱するばかりで、幼子が3歳の夏、あっけなく亡くなってしまいます。一つの歌を遺して…。

かぎりとて 別るる道の 悲しきに いかまほしきは 命なりけり

 

今日を限りと死出の旅路に赴かねばならぬとは、悲しいことです。
私は生きたい。行きたいのは命ある道です。悲しみの中で気づきました…

「いかまほしき」には、「生きたい」と「行きたい」の2つの意味が込められた掛詞(かけことば)です。

当時の読者は驚いたことでしょう。

「心優しい、主人公の母親なら、いつか幸せになってもらいたいのに。しかも死にたくないと苦しんで亡くなるとは…」と。

それまでの物語の常識を破った紫式部

『源氏物語』より以前に書かれた物語では、老病死の苦しみを描くことは、ありえませんでした。
例えば、誰もが知る『竹取物語』。
おじいさん・おばあさんは登場しても、身体の衰えに悩み、自己の死を凝視して苦しむ様子は描かれていません。

紫式部はなぜ、当時の物語の常識をくつがえしたのでしょうか?
後に、成人した光源氏に物語についてこう語らせています。

「これらにこそ道々しく詳しきことはあらめ」

これら物語にこそ、人間の”まこと”が詳しく描かれているのでしょう(蛍巻)

人間の”まこと”とは、どんなことでしょうか。

紫式部の生きた時代、大地震や内裏の家事など、大きな災難が何度もありました。

内裏(皇居)が全焼して空が真っ赤に染まるさまも、大地震で家々が倒壊していくさまも、紫式部は目の当たりにしています。
また、物心つく前に母を、思春期の頃には年子の姉を亡くしています。
周期的に流行する疫病で人が次々と死に、彼女の夫もまた犠牲になりました。

全ての人間の姿とは

全ての人は老病死で苦しんでいる。
この現実から目をそらして、何を”物語る”というのか。
これが彼女の信念ではなかったか、と思うのです。

帝は、すべてに抜きん出た才能を持つ玉のようなわが子に、「源氏」の姓を与えて臣下に降ろしました。政治家として出世させたほうが、落ちぶれた皇族になるよりはるかによい、との冷静な判断からです。

光源氏は12歳で元服(成人)し、左大臣の娘・葵の上を正妻としました。
しかし、永遠にまみえることのない母・桐壺更衣と瓜二つの新しい継母・藤壺女御(ふじつぼのにょうご)を、憧れ慕っていきます。
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