推しが見つかる源氏物語 #11

  1. 人生

健気でいじらしい桐壺の更衣を解説!帝を夢中にさせた2つの特徴とは

今回は光源氏の母、桐壺の更衣(きりつぼのこうい)についてお話ししたいと思います。

いずれの御時にか、女御<にょうご>更衣あまたさぶらいたまいける中に、いとやんごとなき際<きわ>にはあらぬが、すぐれて時めきたまうありけり。
(いつの帝の代であったか、彼に仕える多くの女御・更衣といった妃たちの中で、さほど高い身分ではないものの、一人、帝からひたむきに愛されている女人がありました)

これは『源氏物語』始まりの一文です。
源氏物語で最初に登場する女性こそ、今回紹介する桐壺の更衣なのです。

「更衣(こうい)」というのは身分の名称で、帝の妃の中で1番低い位でした。
しかし、桐壺の更衣は他の誰よりも帝から愛されていました。

それはなぜなのか、帝を夢中にさせた彼女の人柄に迫っていきましょう。

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桐壺の更衣のシンデレラストーリー

大納言であった桐壺の更衣の父は、娘が宮中に入ることを切望していましたが、早くに亡くなってしまいました。
宮中に入るときには、装束や調度品など、必要なものをそろえなければなりません。

そういったものをそろえるのは大変なことですから、支えとなる父親などの後見人がいなければ、断念するのが普通です。
しかし母親は、しっかりした後見もいない中、夫の願いを叶えるために娘を入内(じゅだい:帝の妃になること)させました。
お金もかかるでしょうし、つてを頼って調度品を譲り受けたりと、大変苦労したことでしょう。

そんな親の後押しもあって桐壺の更衣が宮中に入ると、先に入内していた他の妃たちの誰よりも帝の寵愛を受けるようになります。

帝の妃には、中宮(ちゅうぐう)、女御(にょうご)、更衣の身分がありました。
内親王や摂関家、大臣家の娘は女御と呼ばれ、女御の中から一人だけ選ばれるのが最も身分の高い中宮です。
大納言家以下の出身の娘は更衣となります。

目立たない立場であるはずの女性が帝の目に留まり、1番愛される。まさにシンデレラストーリーです。
ところが、桐壺の更衣が手に入れたのは、幸せな生活ばかりではありませんでした。

女性たちからの嫉妬

桐壺の更衣の部屋は、帝の住まいの御殿から1番遠いところにありました。
帝はしょっちゅう彼女の部屋に行くので、そのたびに女御や他の更衣の部屋の前を通りすぎることになります。当然、女たちはやきもきしました。

女御たちは、自分こそ帝から選ばれるのにふさわしいと思っていましたから、桐壺の更衣が目ざわりでたまりません。
同じくらいの身分の女性たちは、なおさら納得いかない思いでした。

中でも怒りが大きかったのは、妃たちの中で最も力を持っていた弘徽殿女御(こきでんのにょうご)です。
彼女の父は右大臣という高い身分にあり、帝の後継者である第一皇子を産んだ女性でもありますから、帝から1番大切にされるべき人でした。

それなのに、自分よりもはるかに身分の低い女が帝の愛情を独占するなど、到底許せるものではありません。
帝の愛情を得て、産んだ皇子が東宮(とうぐう:皇太子)になるかどうかは、一族の繁栄を左右する重大なことだったのです。

桐壺の更衣は、女性たちの妬みや憎しみを一身に受けることになります。

朝も夕も彼女が帝に呼ばれることが続くと、通り道に汚物が撒き散らされていたり。
またある時は、彼女が廊下を通る際に前後の戸の錠をかけて、戻ることも進むこともできないように閉じ込めてしまうこともありました。

光の君(光源氏)の誕生

周りの女性たちからのいじめによって、桐壺の更衣は悩み苦しみます。
彼女が苦しんでいるのを知り、かわいそうに思った桐壺帝(きりつぼてい)は、桐壺の更衣の住まいを自分の御殿に近い部屋に移しました。

通常帝は、妃たちを身分に応じて公平に大切にするのがルールです。
桐壺の更衣だけを特別扱いする帝の振る舞いには非難の声もあがっていましたが、まったく気にせず、更衣をいつも側にいさせたのです。

やがて桐壺の更衣は男の子を出産します。光の君(のちの光源氏)です。
この世のものとは思えない美しさで、帝は第二皇子の光の君こそ自身の宝物のように思います。
母の桐壺の更衣に対しても、第二皇子の母にふさわしい待遇をし、より尊重するようになりました。

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そうなると、人々は、東宮(皇太子)になるのは第一皇子ではなく、第二皇子の光の君ではないか、とまで噂するようになったのです。
桐壺の更衣は、帝に愛されれば愛されるだけ、周囲の目を気にして気苦労が増えていくのでした。

帝を夢中にさせた桐壺の更衣、2つの特徴

桐壺帝はのちに、人徳があり、素晴らしい政治を行った帝と人々から評価されます。
その帝が、ルールを無視して桐壺の更衣にのめりこんだのはなぜなのでしょうか。

桐壺の更衣が他の女性と異なっていた点を2つ挙げてみます。

➀頼れる人がいない境遇

桐壺の更衣はお父さんを亡くしています。
たとえ宮中に入りたいと思っても、バックアップしてくれる人がいなければ、断念するしかありません。

空蝉というヒロインも、お父さんを早くに亡くしたために入内できませんでした。
空蝉については、こちらで解説しています。

宮中にいる他の女性たちには、支えてくれる家族がいたでしょう。
しかし桐壺の更衣は、お母さんの後押しによって宮中には入れたものの、確固たる地位も、守ってくれる人もいませんでした。

彼女にとっては、桐壺帝だけが頼りだったのです。

➁守ってあげたくなる雰囲気

桐壺帝は、桐壺の更衣に対して「ろうたし」という表現を使っています。

「ろうたし」とは、可憐でいとおしいという意味の言葉です。
世話をしていたわってやりたい気持ちにさせる、弱々しくいじらしい様子を表しています。

桐壺の更衣は、宮中の女性たちからのいじめによって心を痛め、病気がちになっていきました。
病弱で、儚げで、いじめに頑張って耐える彼女には、まさに守ってあげたくなる雰囲気があったのでしょう。

桐壺の更衣の最期、心からの願い

病気がちになった桐壺の更衣は、療養のために実家に帰ることが多くなっていきました。
光の君が3歳になった年、再び病にかかります。

桐壺の更衣は療養のために実家に戻りたいと願い出ますが、帝は許しません。
「しばらく様子を見て」と言っているうちに、病気は日に日に重くなり、わずか5,6日のうちに急激に衰弱してしまいました。

彼女の母親が泣いて帝に頼み、ようやく実家に戻れることになります。
更衣は実家に戻る道中でまた嫌がらせをされるかもしれない、巻き添えにはしたくないと、光の君を宮中に置いていくことにしました。
宮中ならば、帝やお世話役の人たちがいて守ってもらえるからです。

当時、宮中で帝以外の誰かが死ぬのはあってはならないことでした。
帝は掟を破って更衣を看取る覚悟まで持ちましたが、周囲の人々は慣わしどおりに、更衣が実家に戻る準備を整えます。

帝はいつまでも引き止めておくことはできないと分かっているものの、帝という身分から見送っていくこともできないのを深く悲しみます。
すっかりやつれて意識も朦朧としている桐壺の更衣は、深い悲しみを胸に抱きながら言葉にすることができません。
 
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帝は泣く泣く思いつく限りの約束をします。
彼女は答えられません。帝は途方に暮れてしまいました。

彼女に対して、「死出の道をともに旅立とうと約束したではないか。いくらなんでも私を残していかないね」と語りかけます。
更衣はあまりにも悲しく思ったのか、息も絶え絶えに次の歌を詠みました。

限りとて わかるる道の 悲しきに いかまほしきは 命なりけり
(限りある命の終わりと分かっていても、別れて死出の旅路へと踏み出すのは悲しいことです。行きたいのはこの道ではなく、生きていく命ある道です)

そして、続けてこうささやきます。

「こんなことになると分かっていましたら…」

【原文】
いとかく思うたまえましかば

「こんなことになると分かっていたら、宮中に入内などしなかった」という気持ちだったのでしょうか…。

周囲にせき立てられ、帝は胸が張り裂けそうな気持ちで更衣の退出を許可し、まもなく彼女は息を引き取ったのです。

別れを惜しむ人々の声

光の君は何が起きたか分からず、周囲の大人や父・帝までが泣き続けているのを、けげんな面持ちで眺めるばかりでした。

亡くなってなお彼女を憎む女性も多くいたものの、理解ある妃は、その姿の美しかったこと、気立てが素直で欠点のなかったことに今さらながら気づきます。
宮中に仕え、多くの妃たちを見ている女房は、桐壺の更衣のまとうホッとする雰囲気を懐かしく思い出し、いなくなった今になって恋しく思うのでした。

帝は悲しみに打ちひしがれ、ただ涙に暮れて夜を明かし日を暮らしています。 
帝はこのような歌を詠みました。

尋ねゆく 幻もがな つてにても 魂<たま>のありかを そこと知るべく
(更衣を捜しにいってくれる幻術士がいてほしい。人づてにでも亡き更衣のありかがどこか知れるように)

桐壺帝は、更衣の優しく愛らしかった姿を思い出します。
彼女は、どんな美しい花の色や鳥の声にも喩えようがありませんでした。

まとめ:桐壺の更衣の切ない人生

その儚さ、いじらしさから、帝に最も愛された桐壺の更衣。
物語の中で彼女の姿は詳しく描かれていないものの、亡くなった後の人々の反応を見ても、美しく、人格者だったであろうことが想像できます。

帝の目に留まり寵愛されるという輝くようなシンデレラストーリーでありながら、彼女の人生は苦労の方が多かったのかもしれません。
物語に触れた読者の多くは、彼女に幸せになってほしかったと感じるのではないでしょうか。

当時、物語の中で老いや病、死が語られることは、ほとんどありませんでした。
しかし作者の紫式部は、桐壺の更衣をとおして物語の常識を覆したのです。

大切な人との別れを描くことで、読者に伝えたかったことがあるのかもしれません。

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桐壺の更衣との別れのあと、帝はいつまでたっても彼女のことが忘れられません。
見かねた女房が、桐壺の更衣によく似た藤壺の女御(ふじつぼのにょうご)を紹介します。

母の面影を追い求める光源氏は、次第に藤壺を慕うようになっていくのですが…。
詳しくは次回ご紹介したいと思います。

藤壺の記事はこちらからお読みいただけます。

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