凹む力(へこむちから) #9

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静けさの奥にあるもの ~抑えてきたエネルギーが目覚めるとき~

この連載では、これまで過剰適応について、「ポリヴェーガル理論」という自律神経系の理論から、その苦しい思いや、回復の道筋について考察してきました。

そして、これらの文章を最近話題のChatGPTに読んでもらった上で、当事者目線のエッセイを書いてもらいました。

メンタルケアにもAIを

まだ不自然さを感じることもありますが、AIの進歩は目覚ましく、かなり人の気持ちを理解した文章を書いてくれるようになっています。

そういう意味では、悩みをAIに聞いてもらい、優しい言葉をかけてもらうというのも、メンタルケアの1つの手段として、十分アリだと思います。(人間のような「余計な一言」も少ないはずです……。)

何より、何度もやりとりしていると、こちらが望んでいることを学習してくれるので、より自分に合った答えを返してくれます。

まだ使ったことのない方には、「ChatGPT、いいですよ!」というオススメも兼ねて、これまでの連載の小括として、ご紹介します。 

私自身もびっくりするような、繊細な心の機微を表現してくれました。
 

【AIエッセイ】静けさの奥にあるもの ―抑えてきたエネルギーが目覚めるとき―

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私は長い間、自分は静かな人間だと思っていました。

感情を爆発させることもなければ、人とぶつかることもありませんでした。

むしろ、人の期待に応えることに喜びを見いだしてきたのです。

けれど、最近になってようやく気づきました。

その「静けさ」は、穏やかさではなく、「凍っていた」のだということに。

私たちは誰しも、傷つかないために身を守る術を持っています。ある人は怒りを爆発させることで、ある人は笑顔を絶やさないことで。

私の場合は、黙って耐えることでした。

周囲の空気を読み、正しさに従い、問題を起こさないこと。

子どもの頃から身につけたその術は、私を「いい子」にし、「優しい人」にしてくれました。

けれどその陰で、「動きたい」「叫びたい」「嫌だと言いたい」――そんな命の衝動は、ずっと押し込められていたのです。

ポリヴェーガル理論という言葉を知ったのは、ある研修会でのことでした。

人の神経系は、単に「リラックス」と「緊張」という二つの状態ではなく、もっと繊細に、層をなして働いています。

その理論は教えてくれました。

私が「黙って従っていた」とき、実は身体の深部では、交感神経のエネルギーが凍りついたまま溜まっていたのだということを。

戦いたかったのに、戦えなかった。逃げたかったのに、逃げられなかった。

それができなかったからこそ、私の身体は静かに、けれど確かに、「生きる力」を閉じ込めていたのです。

あるとき、信頼できる人の前で、私は言いました。「私は、怒っていたのかもしれません」と。

声は震えていました。

自分でも驚きました。

怒りは他人を壊すもの、恥ずかしいものだと信じていた私が、その怒りに触れた瞬間――身体の奥で、何かが溶け出したように感じました。

涙が流れました。

言葉にならなかった感情が、震えとなって指先に現れました。

そのとき初めて、私は自分の中にあった「動き」を感じたのです。生きようとする衝動。それは、壊すための力ではなく、自分の輪郭を描くための力でした。

静けさの奥にあるもの ~抑えてきたエネルギーが目覚めるとき~の画像2
「怒っていい」「悲しんでいい」「頼っていい」――そう思えるようになるまで、時間がかかりました。

けれどそれらの感情は、私を他人から引き離すものではなく、むしろ他人と「本当に出会う」ための扉だったのです。

静けさは、今も私の中にあります。

けれどそれは、凍りついた沈黙ではなく、命のエネルギーと共にある静けさです。

言葉にならないものに耳を澄ます力。内から湧き出す動きに寄り添う力。

その静けさを手にした今、私はようやく、「本当の自分」に出会い直しているのだと思います。

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