夕顔との出会い

光源氏は12歳で結婚して、左大臣の娘、葵の上を正妻としていました。
が、彼女の待つ左大臣家を訪れるのはまれです。
慕い続けるのは、継母の藤壺女御でした。

17歳の今は、六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)の元へも通っています。六条御息所とは、才色兼備の誇り高き年上の未亡人です。
ただ、彼女を口説き落としてからは、彼女の非の打ち所のない振る舞い、嫉妬深さに息苦しさを覚えるようになっていました。

ある日、重病の乳母を見舞った時のこと。
辺りはむさ苦しいところでしたが、ふと隣家に咲く可憐な夕顔の花に心引かれます。
程なくして隣から、白い扇に載せて花が差し出されました。

扇には、たおやかな文字が流れています。

心あてに それかとぞ見る 白露の 光そえたる 夕顔の花

(ふと目に留まった輝く君は、光源氏様でしょうか…。白露の光に映える夕顔が、美しく花開いています)

と、女主人の筆跡のようでした。
源氏は胸をときめかせます。
やがて、この夕顔の女人の元に通い始め、身も心も柔らかで素直に寄り添う彼女の虜になっていきました。

“二人きりでゆったり過ごしたい”
と思った源氏は、名月の夜も明ける頃、人けのない「某の院」に、不安に身震いする夕顔をなだめて連れ出しました。ここで二人は日がな一日戯れるのでした。

その夜、うとうと寝入った源氏がふと気づけば、美しく気高い女人が、怨めしそうに枕元にいるではありませんか。

かくことなることなき人を率ておわして、時めかしたまうこそ、いとめざましくつらけれ
(こんなつまらない女をかわいがるなんて、あまりにも心外でつらいことでございます)

と夕顔を抱えてうめいているのです。

目覚めた源氏はすぐさま太刀を抜き、灯を取り寄せ見れば、やはり麗人が現れ消えます。
夕顔といえば、すでに事切れ、冷たくなっていました…。

物の怪を登場させた紫式部の意図とは

光源氏は初めて人の死にじかに触れたのでしょう。
衝撃を受け、本当に死んだとは信じられない気持ちでした。

また、世間に噂が広まれば自分はどうなるだろうと頭を抱えます。腹心の家来が秘密裏に事後処理することを申し出ました。

ここで読者は、嫉妬深い六条御息所の物の怪(け)が夕顔を襲ったのでは、とおびえたことでしょう。
当時、不幸や災難は、生き霊、死霊、魔物の類いによると深く信じられ、これらをまとめて「物の怪」と呼んでいました。
物の怪は記録として記されることはあっても、物語にはほとんど登場しません。自分まで取り憑かれたくない、という心情からでしょう。

ところが『源氏物語』は、物の怪の姿や声が大胆に描かれる珍しい作品なのです。

紫式部にはどんな意図があったのでしょうか。
時の最高権力者・藤原道長が、物の怪を恐れて加持祈祷にすがっていくのとは対照的です。

紫式部は物の怪についてこんな歌を残しています。

亡き人に かごとをかけて わずらうも おのが心の 鬼にやはあらぬ

(物の怪になって取り憑く亡き人のせいだと、濡れ衣着せて苦しんでいるけれども、自分の心の鬼のせいで苦しんでいるのではないですか)

実際、作中で物の怪を目の当たりにするのは光源氏だけです。
六条御息所を避け、夕顔を無理に連れ出した源氏は、罪悪感で苦しんでいた、ということでしょうか。

やがて夕顔の女人は、雨夜の品定めで頭中将が話していた、行方をくらました女人と分かります。小さな女の子もいたのでした。

夕顔の四十九日の法事が終わり、あの空蝉が夫とともに任地の伊予に下ることになりました。

光源氏と身分違いの女たちとの恋は終わったのです。

過ぎにしも 今日別るるも 二みちに 行く方知らぬ 秋の暮れかな
(死んでいった夕顔も、今日都を離れる空蝉も、それぞれ私の知らない世界に旅立った。自身の行方もまた分からぬ秋の夕暮れであるよ)

と詠まずにおれませんでした。

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