カフェで楽しむ源氏物語-Genji Monogatari #33

  1. 人生
  2. その他

源氏物語(33)繰り返された過ち~すべてわが身の種まきだった【柏木の巻】

こんにちは。国語教師の常田です。
源氏と柏木にふりかかる苦しみ。紫式部は、このとき、2人をどう描いたのでしょうか。

今の結果を生み出したものは?

“天下に並ぶ者なき光源氏様の怒りを買ってしまった。彼を敵に回せば生きていけない…”

女三の宮との密通が源氏に発覚したと知り、柏木は衝撃のあまり病床に伏してしまいました。

何も知らぬ柏木の両親は、泣き惑いながら必死で介抱します。一族の将来を託し、大切に育ててきた息子です。しかし、日に日に衰弱していくばかりでした。

父親は、「息子に何かがたたっているのでは」と各地から、有名無名の祈祷師や陰陽師を呼び寄せ、連日、加持祈祷を行います。
その姿に柏木は、

一方(ひとかた)ならず身に添いにたるは、我より外に誰かはつらき
(苦悩があれもこれもとわが身に取りついている原因は、私の他にあるのではない。誰を恨むことができようか)

と、哀れな親心を悲しみます。
柏木を苦しめるのは「柏木」です。

病は「物の怪(け)がついたせい」という考えが一般的だった当時に、柏木の「病になって苦しまねばならない原因は自分にある」という言葉は、作者・紫式部が深く関心を寄せていた仏教の思想が投影されたものでしょう。

柏木の今の苦しみは、暴走する愛欲のままに、人妻と密通した彼自身の行為が生み出した結果にほかならないのです。

女三の宮の返歌

もはや快復の見込みのない柏木は、消えゆく命を見つめながら、せめて女三の宮から一言「あわれな男よ」と言ってもらいたいと執着し、手紙を送ります。

やっともらえた女三の宮の返事には、次の歌が添えられていました。

立ちそいて 消えやしなまし うきことを 思いみだるる 煙くらべに
(あなたが煙となって空に立ち昇るなら、私も一緒になって消えてしまいたい。どちらが苦悩に嘆いているかを比べるために)

「私こそ死んでしまいたいほど苦しいわ」とは、重病人に対する同情もない、冷たい言葉ですが、柏木はそれでも喜び、震える手で返歌を書いたのでした。

行方なき 空のけぶりと なりぬとも 思うあたりを 立ちははなれじ
(私は行方も知れぬ空の煙となってしまっても、恋しく思うお方<女三の宮>のあたりを立ち離れることは決してありますまい)

その日の夕暮れ頃から女三の宮は産気づき、翌朝、男の子を生みました。
驚くばかりに美しくかわいらしい赤ん坊です。

周囲は沸きたち、出産祝いの儀式も盛大に行われました。

ところが人々からの祝いの挨拶にも、光源氏の対応はあっさりしたものです。

赤子の顔をしっかり見ようとしない源氏の態度を、「48歳にして正妻との間にもうけた若君なのに」とそばで仕える人たちもいぶかしく思うのでした。

わが世とともに恐ろしと思いし事の報なんめり
(このたびのことは、私がずっと恐ろしく思ってきた罪業の報いなのであろう)

と光源氏が思い巡らせていたのは、今は亡き継母・藤壺との秘めた過去でした。

不義の子は再び

父・桐壺帝の妃である藤壺が、物心つく前に死別した実母と生き写しと聞き、源氏は彼女に母のぬくもりを感じていました。

そんな幼心のあこがれが、やがて全身全霊をかけた恋情となり、禁断の愛と思えばなお一層狂おしく、源氏18歳の春、病で里帰りしていた藤壺の部屋に強引に忍び込み、逢瀬を遂げたのでした。

その後生まれた不義の子は、光源氏に瓜二つでした。

桐壺帝の子として育ち、10歳で即位して冷泉帝となりました。

源氏も藤壺も、胸には常に罪悪感を抱え、露見を恐れて一時として心安らかな時はなかったのです。
しかし藤壺亡きあとも、今日まで秘密が世に漏れることはなく、源氏は胸をなで下ろしていました。

それが今、正妻の不義の子をわが子として抱かねばならなくなったのです。
己がしでかした罪悪の報いを、こんな形で受けようとは…。

不義を犯したら不倫をされた。
紛れもない因果応報を知らされた源氏に、どうして柏木を責めることができるでしょうか。

1カ月ほどたった頃、源氏は赤子を抱き上げてみました。
人見知りせずニコニコ笑っています。
顔はまるまる肥え、色白で愛くるしい。穏やかなまなざし、美しい顔立ちが、やはり柏木によく似ているように、源氏には見えました。

この男の子は「薫(かおる)」と呼ばれ、『源氏物語』の第三部、光源氏亡き後の主人公となります。

*******

  • 陰陽師:占い師
  • 物の怪:当時の人々は怨霊や魔物(物の怪)がいて、人間に取りついて苦しめると信じていた。紫式部は人間の心が生み出すものと語っている。

前の連載を読む 連載を読む