カフェで楽しむ源氏物語-Genji Monogatari #32

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源氏物語(32)快楽の美酒には毒がある…愛欲のままに突き進んだその先は【若菜下の巻】

こんにちは。国語教師の常田です。
今では帝を越えた存在ともいえる光源氏と、将来を期待されている大臣家の長男・柏木。
柏木は昔から光源氏を尊敬し、源氏は柏木を有望な青年と大切にしてきました。しかし、事は起こってしまったのです。

憧れの女性

蹴鞠の日から数年がたち、30歳を過ぎた柏木は昇進し、女三の宮の姉と結婚しました。
しかし、いまだ女三の宮への思いは断ち切れません。

そんなおり、光源氏の最も愛する紫の上が重い病に倒れ、源氏は別宅の二条院で看病に付きっきりとなりました。

六条院には女三の宮とわずかな女房たちだけが残されています。
「絶好のチャンス!」と柏木は小躍りします。

早速、侍女を責め立て、
「一言なりとも胸のうちを申し上げるだけ」
と手引きの約束を無理やり取りつけたのでした。

夜、大喜びで六条院に忍び込むと、女三の宮はすやすや寝ていました。

柏木は緊張してかしこまり、いきなり彼女を寝床から抱き下ろし、
「永年にわたり、残念とも、ひどいとも、恐ろしいとも、せつないとも、あなたに対して様々に深く思いがつのり、押さえることができなくなりまして」
などと長々とかき口説きます。

そして、「哀れな男よ、とだけでも言ってください」と懇願します。
が、わなわな震え、汗びっしょりになっている女三の宮からは何の返事もありません。

永年、手の届かぬ高貴な女性と憧れてきたが、いざ目の当たりにしてみれば、何とも親しみやすく、なよなよとした物腰がかわいらしいではないか。
いっそのこと、このまま──。

彼の理性は吹き飛び、強引に一夜を明かしてしまったのです。

女三の宮は、ただただ幼子のように泣きじゃくるばかりでした。

憤怒

光源氏が久しぶりに六条院に帰ってきました。
女三の宮はひどくうつむき、目を合わせようとしません。

翌月には物も食べられなくなり、つわりと分かりました。
不審を抱く源氏は数日後、女三の宮の部屋で、ある物を見つけます。

女三の宮がまだ寝ている間、彼女の褥(しとね)の少し乱れた端から、押し巻かれた浅緑の薄紙の文がちらりと見えたのを、源氏が何気なく引っ張り出しました。見ると、男の筆跡だったのです。

それは、女三の宮が隠したはずの手紙でした。
紙にたきしめた香が芳しく漂い、2枚にわたって心情がつづられています。

「この筆跡は間違いない、柏木だ」と、源氏の心に憤怒が燃え上がります。

向けられた視線

あの密会のあとも懲りずに、女三の宮の侍女に手引きをせがんでいた柏木は、源氏に手紙を読まれたと知り、茫然自失になります。

そこへ追い打ちををかけるように、六条院での宴の誘いが届きました。

出席せざるをえなかった宴で、源氏から薄気味悪いほど、優しく親しげに声をかけられます。

「寄る年波には勝てないもので、酒を飲むと泣けて仕方がないのです。それを見て、柏木殿がにやにや笑みを浮かべているのは、全く気が引けることですよ。しかし、今笑っているのもしばらくのこと。年月は逆さまに流れぬからなあ。老いは誰しも逃れられないのですぞ」
と、向けられた視線には憎しみがこもっていました。

酒を無理じいされ、たまらず途中退席した柏木は、帰宅するやそのまま倒れ伏しました。

若い貴公子の暴走する愛欲、初老の権力者を突き動かす怒りと憎しみ。

柏木に痛烈な皮肉を浴びせた源氏ですが、本当は彼にもそんなことを言う資格はありません。
それは、彼自身が最もよく分かっているはずですが…。

次回、詳しくお話します。

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