カフェで楽しむ源氏物語-Genji Monogatari #28

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源氏物語(28)会うこと叶わぬ鶯よ、せめて声を聞かせておくれ【初音の巻、藤裏葉の巻】

こんにちは。国語教師の常田です。
紫の上は光源氏の正妻格の妻で、六条院の女主人。明石の君は、光源氏の一人娘を生んだ女性です。互いに非常に意識していた2人ですが、その後の関係はどうなるのでしょうか?

母から娘へ

地方長官の子で身分が低い明石の君は、最愛の娘(明石の姫)を3歳で紫の上の養女にしました。

母親の家柄が子どもの人生を大きく左右した時代、”身分の高い紫の上に育てられたほうが、娘は幸せになれるのだから…”と自分に言い聞かせ、泣く泣く下した決断でありました。

以来、「どのように成長したのやら」と娘を思わぬ日はありません

源氏36歳の正月のことです。
自邸・六条院の春夏秋冬の各町で暮らす女性たちを、源氏は順番に挨拶に回りました。

まず春の町で紫の上と和歌を交わし、明石の姫の部屋を訪ねます。
姫の元には、冬の町で暮らす実母・明石の君から新年の贈り物が届いていました。

特別にあつらえた籠、松に留まるウグイスを立派に細工した置物でした。
その松に結びつけられた手紙につづられていたのが、次の歌です。

年月を まつにひかれて 経る人に きょううぐいすの 初音きかせよ
(長い年月、いつ会えるかと待って過ごす母(明石の君)に、今日はせめて春を告げるウグイスの初音を聞かせてください(年の初めの便りをください))

娘から母へ

同じ六条院に住みながら、実の娘にすら自由に会いに行けない明石の君の立場を思いやり、源氏は姫に返事を書くよう勧めます。

ひきわかれ 年は経れども 鶯の 巣だちし松の 根をわすれめや
(お別れして年月は経ちましたが、ウグイスが巣立った松の根をどうして忘れましょうか。生みの母を忘れることは決してありません)

素直であどけない歌でした。

光源氏が冬の町を訪れたのは夕方でした。
部屋に明石の君の姿が見当たりません。
辺りは芳しい香りが漂い、硯や綴じ本などが散らかる中に、

めずらしや 花のねぐらに 木づたいて 谷のふる巣を とえるうぐいす
(珍しいこと。華やかな春の御殿に住んでいるウグイス〈姫〉が、松の木々に埋もれたこの古巣〈明石の君〉に便りをくれましたよ)

と筆を走らせた紙が置かれています。
源氏は手に取ってしばし眺め、思わずほほえむのでした。

姫の入内

さて、11歳になった明石の姫が、東宮妃として入内することになりました。

付き添いは本来ならば紫の上ですが、彼女はあえて明石の君を推薦します。
「早く実の母娘を再会させてやりたい」と考えてのことでした。

明石の君は恐縮しながらも、全ての望みがかなったような満足一杯の気持ちになります。

3日間にわたる婚礼行事が終わり、紫の上と明石の君が、初めて顔を合わせました。

互いに嫉妬心を抱いてきた2人でしたが、紫の上は、
「姫がこんなに大人らしくなりましたよ。それだけ私たちの縁の長さも知らされますから、水くさい遠慮はなくしましょう」
と明石の君に親しく話しかけます。

話をしながら、相手の容姿や振る舞いに
「何と素晴らしい女性だろう」
と互いに感じ入ったのでした。

8年ぶりに再会を果たした娘は、美しく成長していました。
涙が止めどなく流れ、”夢ではないかしら…。この涙、かつて寂しさに流した涙と同じものとは思えないわ”と明石の君。

東宮妃の身辺の世話をしっかりとこなし、謙虚で立派な振る舞いで周囲を感心させます。

全ては、娘の幸せを一心に念ずる親心でありました。

◆ ◆ ◆

やがて、光源氏は、帝に準ずる位を与えられ、冷泉帝と先帝の朱雀院を自邸に招いて豪華な宴を催しました。

実質的に、光源氏が誰よりも光輝く存在になったのでした。
こうして得意絶頂のうちに『源氏物語』の第一部は幕を下ろすのです。

※東宮:皇太子、帝の位を継ぐ者
※入内:妃になること

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