カフェで楽しむ源氏物語-Genji Monogatari #30

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源氏物語(30)誇り高き正妻・紫の上の孤独な葛藤【若菜上の巻】

こんにちは。国語教師の常田です。
今回の主人公は紫の上です。六条院が完成して、光源氏と穏やかな新春を迎えた頃(光源氏36歳、紫の上28歳)、2人の関係は最も安定していて、彼女も幸せだったのではないでしょうか。
ところが、その幸せが、足元から音を立てて崩れてゆく出来事が起こります。

女三の宮

光源氏の正妻・紫の上の美しさは、「満開の樺桜が照り映えて、こちらにもその輝きがうつるほど」と源氏の長男・夕霧が語っています。
彼女を台風の翌日に垣間見たその夜、あまりの美しさに、彼は寝付けませんでした。

紫の上は、邸に仕える者たちからも信頼され、源氏が須磨や明石でさすらっていた時も、邸から奉公先を変えた者はありませんでした。それは、当時としては珍しいことでした。

さて、光源氏もいよいよ40歳を迎えます。
当時ではもう老人の仲間入りです。
六条院では、紫の上を中心として、愛する女性たちと仲睦まじく暮らしていました。

その頃、源氏の兄・朱雀院(前帝)は病がちになり、出家の意志を固めていました。
唯一の気がかりは、愛娘・女三の宮の行く末でした。
まだ13歳、心もとない有り様で、後ろ楯になる立派な婿を持たせたい、と悩みます。

最高級の身分

候補には何人もの名前が挙がりました。
螢の宮(朱雀院と源氏の弟)、夕霧(源氏の息子)、源氏の親友・内大臣の長男の柏木。
中でも柏木は、将来が期待される人物ですが、女三の宮を嫁がせるにはまだ官位が低すぎました。

朱雀院は結局、娘を光源氏に託すことに決めます。

源氏は初め、この話に躊躇しました。
前帝の娘という最高級の身分の女三の宮と結婚すれば、彼女が正妻になります。
紫の上はどう思うだろうか…と。

しかし、朱雀院の懇ろな申し出を断り切れず、また女三の宮への好き心も動いたのでした。

翌日、源氏は紫の上に打ち明けます。
今までちょっとした浮気にも立腹していた姿を思い出すと、源氏はハラハラドキドキでした。

ところが意外にも彼女は平然とした様子で、「朱雀院の親心にお応えできてよかったのではないですか」と言うのでした。
源氏はホッと胸をなで下ろします。

かくて、翌年の2月に婚礼の儀が3日間、異例の盛大さで行われました。

その間も、紫の上は凛として祝宴の世話をしていたのでした。

いざ女三の宮を迎えて、源氏はひどく失望します。
気配りの感覚はなく、思ったそのままを言葉にする。文も幼稚で、ただの無邪気でかわいらしい人形でしかありません。
それに比べて、紫の上は幼い頃から聡明でした。

源氏は一層、紫の上への愛情をつのらせます。

変わらぬ仲と信じていたのに

一方、源氏と女三の宮の結婚に、平然とした様子の紫の上でしたが、実は、幸せが足元から崩れるような、かつてない衝撃を受けていました。

「もう、大丈夫、自分以上の寵愛を受ける人はない、と思い上がって、安心しきって過ごしてきた私は、世間の物笑いになるかもしれない」
と心が千々に乱れて苦しみます。

源氏を信頼できなくなり、以前のように夫へ思いを伝えることもしなくなりました。

ただ歌に思いを託します。

目に近く 移ればかわる 世の中を 行くすえとおく たのみけるかな
(今、目の当たりにして分かりました。私たちの仲もやがては移り変わるものだと。なのに、末長く続くと当てにしていたとは)

新しい正妻にいつまでも挨拶をしないわけにもいかず、ある日、紫の上は、六条院で最も格式の高い部屋で暮らす女三の宮を訪ねます。

我より上の人やはあるべき」(私より上の女性がありえようか)
などと考えて、物思いに沈みながら。

子ども相手に、自ら対面を願い出て頭を下げる屈辱感にも、耐えるしかありません。

世間では皮肉にも、「女三の宮との結婚以来、源氏と紫の上がますます睦まじくなっているようだ」とうわさされます。

六条院のスキャンダルを期待していた野次馬たちは、ちょっとがっかりします。

しかし、この女三の宮の登場が、やがて六条院に大波乱を招くことになるのです。

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