こんにちは。国語教師の常田です。
今回から、いよいよ「源氏物語」第三部に入ります。光源氏最後の一年を描いた「幻の巻」から、八年ほどの時が経過しました。
「匂兵部卿の巻」のあらすじを解説します。
宇治十帖の主人公・薫と匂の宮
源氏亡きあと、世の中は火が消えたように寂しいと嘆く人ばかりです。
栄華を誇った六条院も、今は見る影もなくひっそりとしていました。
源氏に匹敵する人物はどこにもいませんでしたが、優れた美貌と才能を持つと評判になっている貴公子が2人ありました。
源氏の末子・薫(14歳)と、孫の匂の宮(15歳)です。
薫は源氏が48歳の時に生まれた子です。
母親はかつての帝の娘である女三の宮です。
女三の宮は父親に溺愛されて育ち、幼くして年の離れた光源氏の元に正妻として嫁ぎましたが、薫を生んで間もなく、突然出家してしまいました。
母となり年を重ねても、頼りない有り様です。
源氏の遺言もあって、薫は皆から大切にされています。
生まれつき体からえも言われぬ芳香を放っていることから「薫」といわれます。
一方、匂の宮は現在の帝の三男で、源氏の外孫です。
幼い頃は祖母・紫の上(源氏最愛の妻)に大切に養育され、両親からもたっぷり愛情を注がれています。
そのためか、少し軟弱な面もありますが、明るく社交的な青年です。
よき友であり、ライバルでもある薫が体から芳香を放つのに対抗して、いつもさまざまな香を調合しては衣にたきしめているので「匂の宮」と呼ばれています。
口説きがいのある女性を求めては、伸び伸びと恋を楽しみたいと思っているあたり、源氏と血は争えないですね。
「人生の始まりも終わりもわからない」薫の物思い
さて、薫は幼い時からしばしば小耳に挟む周囲の言葉から、光源氏が実父ではないのでは、と出生に疑惑を持っていました。
母がまだ若い盛りで出家の身になったのもいぶかしく、どんな事情かと思いを巡らせます。
こんな悩みを重ねてきたからか、年齢の割には老成し、どこか陰りのある青年に育っていきました。
多くの女性から慕われますが、人生を非常にむなしいと思っているため、本気で恋愛をしたり結婚しようとは考えられません。
おぼつかな 誰に問わまし いかにして はじめもはても 知らぬわが身ぞ
(気がかりで不安なことだ。誰に問えばよいものか。私はどこから来てどこへ行くのか。人生の始まりも終わりも知らぬわが身であるよ)
と独り言を漏らします。
私とは、どこから来てどこへ行く存在なのか、知りたい。
それが分からねば、この人生で何をなすべきか、生きる意味が分からず、むなしい心ばかりの一生になってしまう──。
母・女三の宮にも言えぬ人生の悩み
薫は源氏をしのぐかと思われる栄達ぶりで、周囲からも「こんなに恵まれた人物はいない」と称賛され、本人の気位も高い一方で、誰よりも心に喜びがありませんでした。
いかなりける事にかは。何の契りにて、こう安からぬ思いそいたる身にしもなり出でけん
(一体どうしたわけか・・・。どんな因縁があって、こんなつらい悩みを持った身に生まれ出てしまったのだろう)
生みの母・女三の宮にもこの悩みは、打ち明けることなど到底できません。
それどころか、息子を頼り切って、のんびりと勤行しながら毎日を送る母の姿を見ると、”こんな気楽さで仏道を求めていていいのか”と心配にさえなります。
母には後世明るい身になってもらいたい、いつか母の求道を支えられるようになりたいと願い、いつしか、「仏門に入って自己の苦悩を解決したい、かなうなら、さとりのような境地を得たい」と考えるようになったのでした。
人知れず人生の悩みを抱え、若くして仏法に心引かれる薫が、第三部の主人公です。
その薫が、ふとしたきっかけで仏法熱心な八の宮(光源氏の異母弟)のうわさを聞き、彼の住む京都宇治を訪ねるようになります。
ここから「宇治十帖」は始まるのです。
人物紹介:匂の宮
帝の三男で、源氏の外孫。
プレイボーイであることで有名。
いつもさまざまな香を調合しては衣にたきしめている。
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- 宇治十帖:宇治を舞台とした「橋姫(45帖)」から「夢浮橋(54帖)」までの10巻をこう呼ぶ
源氏物語全体のあらすじはこちら
源氏物語の全体像が知りたいという方は、こちらの記事をお読みください。
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