心がきらめく仏教のことば #16

  1. 仏教

自慢話ばかりしてくる人の心理とは?要注意の慢心をブッダの教えから解説

自慢話にうんざり…気をつけたい「慢心(おごり)」とは?

今回のテーマは「慢」です。

「慢」とは慢心ともいい、自分は人よりも優れていると思う心です。自惚れともいわれます。
この「慢・自惚れ心」は、周りの人から嫌われ、人間関係を悪化させてしまうもとにもなりますから、じゅうぶん気をつけなければなりません。

以前、40代で2児のお母さんから、こんな相談を受けたことがあります。

「ママ友の集まりにいくと、いつも自慢話ばかりする人がいるんです。
子どもの服がブランド物だとか、週末にどこどこに行ったとかばかり言うんですよね。
しかも別の話をしているのに、割り込むように入ってきて、また自慢話ばかり。
その繰り返しで嫌な気分になるし、とても疲れてしまいます

こんなとき、どう受け止めたらいいでしょうか、とのことでした。

喜びや幸せは他人と比べて感じるもの

このお母さんが言われるお気持ちはよくわかります。
自慢話も1度や2度くらいでしたら聞いていられますが、何度も何度もされると、さすがに嫌な気持ちになるでしょう。

人間誰しも優越感を得たいと思っています。
私たちが喜びを感じたり、幸せ気分を味わうときのほとんどは何かと比べてのことです。

周りでは自分しか持っていないもの、知り合いの中では自分しか行っていない、味わっていない、見たことない、そんなものがありますと、とても優越感を味わえます。
周りと比べて勝っていると、喜びや幸せを感じます。

ところが、周りの人に比べて自分が劣っていたらどうでしょうか?
そんなときには、みじめな気持ちになったり、悲しい気持ちになってきます。

私たちの喜びや幸せの多くはこのように、比べて感じているものです。
たとえばSNSで他の人の充実した投稿を見ていると、なんだか今の自分と比べてみじめな気持ちになることはないでしょうか。
反対に、自分のあげた投稿に多くの人が反応してくれたり、うらやましがられるといい気分になります。

私たちは、少しでもいい気分や優越感を得たいと思っていますから、その気持ちが上から目線や自慢話となって出てくるのです。

自分ではなかなか気づけない慢心

ところが人と比べて、「どう?わたしの方が上でしょ?」と優越感で得られた喜びというのは、束の間のものです。
自分よりももっと優れている人は世の中にたくさんありますし、常に上に立たないと、優越感は得られません。

自慢ばかりしてくる人は、人と比べてばかりいますから、自分よりも上の人を見るととても悔しく思い、心穏やかでいられないでしょう。
自分のプライドや価値を保つために誰かの上に立っていたい。
そうでないと心が不安になってしまい、落ち着かないのです。

そのため、少しでも自慢話で優越感に浸りたいのだと思います。

昔から「自惚れは他人に見えても身に見えぬ」といわれます。
自惚れて人を不快にする言動というのは、周りからすれば「あの人、いい気になって、何様のつもりかしら」と眉をひそめられることです。
しかし当の本人は、そんなことにはまったく気づかないことが多く、やがてみんなからそっぽを向かれてしまいます。

自分で気づければ、謙虚な言動にあらためていくこともできますが、本人はなかなか気づかないところが「慢・自惚れ心」の恐ろしいところです。

自慢話ばかりする人の事情

慢心は何も特定の人にだけある心ではありません。
私たち一人ひとりがみんな持っている心であり、煩悩の一つとブッダは教えています。

とくに自慢話や見下す言動が顕著な方は、育った環境などの影響も多くあるでしょう。

たとえば小さいころから、常に親に比較されて

「〇〇ちゃんはできるのに、なんであなたはできないの?」とか、
「こんな成績とって、わたし(親)は親戚にあわせる顔がないじゃないの」など、

常に比べて評価される中で育ちますと、知らず知らずのうちに自分の価値も比較の中でしか見いだせなくなってしまいます。
誰かや何かよりも優れていないと自分に価値がないと感じてしまうのです。

自慢話が絶えない人は、そうしないと自分を保てない事情や背景があるのかもしれません。

まとめ:自慢話をする人は反面教師に

先ほども紹介した通り、この「慢」という心は誰にでもある心です。
自慢してくる人を反面教師として、自分はどうか、自身の心や言動を振り返りたいものです。

ついつい私たちは人のことばかりを気にしてしまいますが、気づかぬうちに自分も似たような振る舞いをしていることがあります。
「人の振りみて我が振り直せ」ともいわれます。
自慢話ばかりしてくる人を見たときには、自分の言動を見つめなおす機会にしていきましょう。

そうすれば、「慢・自惚れ心」で失敗することも減って、より充実した毎日になっていくのではないでしょうか。

ただ、私たちは常に誰かと何かを比べることで喜んだり悲しんだりしてしていますから、心は落ち着きません。
そんな中仏教には、比べなくても喜べる本当の安心・喜びの世界が教えられています。

比べなくても得られる安らぎとはどんなことかを知って頂けたら、自慢話をしてくる人の話一つひとつに目くじら立てることも減っていくでしょう。
大事なことは、比べなくても喜べる幸せの存在を知り、真の心の平穏を手にすることではないでしょうか。

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