凹む力(へこむちから) #15

  1. 人生
  2. 心理

「苦しい」が「もっと苦しい」になってしまう理由 ~ 二重の苦悩という考え方 ~

「苦しい出来事」は同じなのに、時間とともに少しずつ回復していく人もいれば、反対にどんどん苦しくなってしまう人もいます。
その違いは、本人の弱さなのでしょうか。

私は、そこには「二重の苦悩」という見えにくい苦しみが関係していると考えています。

二重の苦悩とは?

苦しい気持ちが、もっと苦しくなっていってしまうとき、そこには2つの苦しみがあります。

一次の苦悩:人生の中で起きる「出来事そのもの」による苦しみ
(例:病気、大切な人との別れ、仕事や学校の不振、終わりの見えない子育てや介護など)

二次の苦悩:その苦しみを「誰にも分かってもらえない」と感じる苦しみ

「苦しい」が「もっと苦しい」になってしまう理由 ~ 二重の苦悩という考え方 ~の画像1

苦しい出来事だけでも十分つらいのに、その上にもう一つの苦しみが重なり、一段苦しみが深くなってしまう。
それが「二重の苦悩」です。

一次の苦悩は、人生の中で生じる出来事そのものによるつらさです。

一方、二次の苦悩は必ず生まれるわけではありません。

「(誰かに)分かってもらえなかった」という体験が重なったり、ときにそれが強く心に残ったりすることで形成されていく苦しみです。

つまり、二重の苦悩は、その人の考え方や感じ方などだけで生じるのではなく、人と人との関係の中で生まれる苦しみなのです。

さらに二重の苦悩は、自責感や無力感へと連鎖しやすく、どんどん助けを求める気力もなくなり、より一層、苦しみが深まっていくことがあります。

なぜ、二次の苦しみが生まれるのか

例えば、勇気を出して悩みを打ち明けたとします。

すると相手は、
「大丈夫、そのうち何とかなるよ」
「もっと前向きに考えてみたら?」
「あなたなら大丈夫だよ」

そんな言葉をかけてくれるかもしれません。

どれも悪意はありません。むしろ、「何とか力になりたい」「元気になってほしい」という思いから出た言葉でしょう。

けれども、苦しんでいる人が本当に求めていたのは、解決策ではなく、「そんなにつらかったんだね」と苦しさを分かろうとしてもらうことだったのかもしれません。

すると、その人の心には、「この苦しさは伝わらないんだ。」という体験だけが残ってしまうことがあります。

この「わかってもらえないつらさ」は、単に共感してもらえなかった、伝わらなかった、ということだけでなく、
「自分は苦しいと言ってはいけない人なんだ」
「自分の気持ちは大切にされないんだ」
「自分は助けてもらえるような人間ではないんだ」
と、自己否定が強まってしまいます。

つまり、「私は私でいいんだ」「助けてもらえる価値があるんだ」と思える存在の自信までキズついてしまうことがあります。

1回や2回、このようなすれ違いがあっただけではそこまで深いダメージにはなりにくいと思いますが、そういったことが何度も重なると、徐々に「やっぱり自分がつらいと言っても、このつらさはわかってもらえないんだ」と、周りを信じられなくなります。

信じることが怖くなり、「自分は助けてもらえる価値がないんだ」と、感じるようになってしまいかねません。

ここで大切なのは、誰かが悪いという話ではないことです。

話す人は、「この人に分かってほしい」と思っている。

一方、聴く人は、「なんとか助けになりたい」と応えようとしている。

どちらも相手を想っているのに、その気持ちが少しすれ違うだけで、「分かってもらえなかった」という苦しみが生まれてしまうことがあります。

ゆえに二重の苦悩は、誰か一人の責任ではありません。

人と人との関係の中で起こり得る、よくある現象なのです。

もちろん、相手の苦しみを繰り返し否定したり、傷つける言葉がよくないのは当然です。ただ、善意のある関係の中でも、このすれ違いは起こり得ます。

むしろ、相手が善意で言ってくれたことが分かるときほど、「これ以上、つらいとは言えない」と気持ちに蓋をしてしまうことがあります。

その結果、分かってもらえないつらさが、かえって深まってしまうこともあるのです。

二重の苦悩が起こる場面

1.周りに合わせすぎてしまう人

頼まれると断れず、周りに気を遣い続け、心も体も限界になってしまう人がいます。

けれども、「真面目だね」「考えすぎだよ」「みんなそれくらい頑張っているよ」と言われると、「自分が弱いだけなんだ」と自分を責めるようになることがあります。

やがて、「どうせ相談しても分かってもらえない」と感じ、一人で抱え込むようになります。

2.刺激や周囲の変化に敏感な人(いわゆるHSP)

人混みや大きな音、人の表情や雰囲気の変化に敏感で、一日が終わるころにはぐったりしてしまう人がいます。

けれども、「気にしすぎだよ」「もっと鈍感になったら」と言われると、「こんなことでつらいと感じる自分が弱いのかな」と、自分の感じ方まで否定するようになることがあります。

そして、少しずつ本当の気持ちを話さなくなっていきます。

3.不登校

学校へ行きたい気持ちはあるのに、不安や苦しさで体が動かず、登校できない子どもがいます。

けれども、「もう少し頑張ってみよう」「みんな行っているよ」と言われると、「学校へ行けない自分が悪い」と自分を責めるようになることがあります。

やがて、「どうせ誰にも分かってもらえない」と感じ、相談することもあきらめてしまいます。

自責感・無力感への連鎖

二重の苦悩の怖さは、「分かってもらえなかった」という出来事だけでは終わらないことです。

人は、「なぜ分かってもらえなかったのだろう」と、その出来事を理解しようとします。

しかし、相手とのすれ違いや関係の中で起きたことは、原因がよくわかりません。

そこで人は、最も身近で、変えられそうに思える「自分」に原因を求めてしまうことがあります。

「自分の伝え方が悪かったのかな」
「自分が弱いからこんなにつらいんだ」
「もっと頑張れる人なら、こんなことで苦しまない」

本当は、ただ苦しかっただけなのです。

それなのに、その苦しみが、「自分が悪いから苦しい」という評価へと変わってしまいます。

ここで生まれるのが、自責感です。自責感は、「反省」とは少し違います。

反省は、「次はどうしよう」と前を向く力につながります。

しかし、自責感は、「自分そのものがダメなんだ」と、自分自身を責め続けてしまいます。

苦しみを抱えているだけでもつらいのに、さらに自分で自分を責めることになるのです。

そして、自責感が続くと、今度は無力感が生まれやすくなります。

「どうせ話しても分かってもらえない」
「相談しても何も変わらない」
「迷惑をかけるくらいなら、一人で我慢しよう」

そう思うようになると、人は少しずつ助けを求めなくなります。

本当は苦しいのに、「大丈夫です」と答えるようになる。

笑顔だけを見せるようになる。弱音を飲み込むようになる。

すると周りは、「大丈夫なんだな」と安心してしまいます。

しかし本人の中では、苦しみは誰にも届かないまま、さらに深くなっていきます。
「苦しい」が「もっと苦しい」になってしまう理由 ~ 二重の苦悩という考え方 ~の画像2

二重の苦悩を和らげる

では、どうすれば二重の苦悩は和らぐのでしょうか。

そのために、特別な知識やスキルが必要なわけではありません。

まず大切なのは、その人が今どんな体験をしているのかを、一緒に見ようとする、わかろうとする姿勢です。

「それはつらかったね」
「そんな気持ちだったんだね」
「今はそう感じているんだね」

誰かが、そのつらさを理解しようとしてくれる、そして「苦しいと言ってもいいんだと思える」

そう思えると、心が少し軽くなることがあります。

苦しみそのものが消えたわけではありません。

それでも、「この人は自分の苦しみを分かろうとしてくれている」と感じられることで、一人で抱え込んでいた苦しみを、もう一度抱え直す力が少しずつ戻ってきます。

「この人は、自分の苦しみを分かろうとしてくれている。自分を独りにしないでいてくれる」そうした姿勢は、言葉以上に伝わるものです。

その安心感によって、人は自責感や無力感の連鎖から少しずつ離れ、「これからどうしようか」と考える力を取り戻していきます。

さいごに:苦しみを、ひとりぼっちにしないために

私たちは、苦しみそのものをなくすことはできません。

病気も、喪失も、人間関係の悩みも、思い通りにならない出来事も、人生には避けられないものだからです。

だからこそ、せめてその苦しみが「ひとりぼっち」にならないようにしたいものです。

苦しいとき、私たちはつい「自分が悪い」「もっと頑張らなければ」「こんなことで苦しんではいけない」と、自分を責めたり、苦しみそのものから目をそらしたりしてしまいます。

そうすると、本当に苦しかった体験が見えなくなり、自責感や無力感という「二重の苦しみ」が重なってしまいます。

そんなときは、一度立ち止まって、自分に問いかけてみるといいかもしれません。

「本当は、何が苦しかったんだろう」
「私は、何を分かってほしかったんだろう」

その体験にもう一度戻ってみることは、自分の苦しみをひとりぼっちにしないための、大切な一歩になると思います。

その上で、その苦しみが伝わるように、わかってもらいたい人にもう一度伝えてみるのもいいかもしれません。

聞いてもらう際には、「アドバイスがほしいわけじゃなくて、ただ聞いてほしい」と前置きすると、相手も聞きやすくなり、「そんな風に困ってたんだね、つらかったね」と、自然に寄り添いやすくなると思います。

苦しいほど、早く苦しみを解決したくなり「どうしたら、どうしたら」と焦ってきます。

どうせわかってもらえないと思うと、「これ以上傷つきたくない」と、考えることも、あがくこともあきらめたくなります。

溺れそうなときは、手足をばたつかせるのではなく、力を抜くことが大切といわれます。

つらいときも、答えを急いで探す前に、自分の心の声に耳を澄ませてみてはどうでしょうか。

「悲しかった」
「さびしかった」
「怖かった」
「本当は、ただ聞いてほしかった」

そんな、自分の中にある元々の苦しみにもう一度出会うことが、自分の苦しみをひとりぼっちにしない、最初の一歩になるかもしれません。

「二重の苦悩」を見つめるためのワークシート