古典の名著『歎異抄』の理解を深める旅へ

今回の『歎異抄』の理解を深める旅は、「信長、秀吉と『歎異抄』5」です。
秀吉のサクセスストーリーの始まりは「天王山(てんのうざん)」。
司馬遼太郎(しばりょうたろう)の『竜馬(りょうま)がゆく』には「標高270メートルにすぎぬ小山」とありますが、結構な急勾配ですね……。木村耕一さん、よろしくお願いします。
(古典 編集チーム)

(前回までの記事はこちら)


歎異抄の旅㉘[近畿編]信長、秀吉と『歎異抄』5の画像1

「意訳で楽しむ古典シリーズ」の著者・木村耕一が、『歎異抄』の理解を深める旅をします

(『月刊なぜ生きる』に好評連載中!)

光秀、頼みの諸将来たらず

天王山の頂上へ向かい、坂道を登っていくと再び休憩所がありました。

ここには、横幅5メートルを超える絵図が2つ並んでいます。
タイトルは「頼みの諸将来たらず」「天下分け目の天王山」

歎異抄の旅㉘[近畿編]信長、秀吉と『歎異抄』5の画像2

──うわっ、迫力がありますね!

明智光秀は、「織田家の武将は、皆、遠く離れた場所で戦っている。すぐに引き返してくる者はいないはずだ。その間に、畿内を制圧しよう」と考えていました。
まさか、羽柴秀吉が大軍を引き連れて、こんなに早く戻ってくるとは予想もしていなかったのです。

──確かに、秀吉の決断は早かったですね。

秀吉を迎え撃つために、光秀は、これまで自分を支援してくれていた武将たちに参戦を求めました。
しかし、彼らは「光秀に勝ち目はないだろう」と計算し、動こうとしません。離れていく者もありました。光秀が、最も悔しい思いをしたのは、当てにしていた親類、盟友の武将までもが、敵である秀吉側についたことでした。

──損得勘定でくっついたり、離れたりするのは、いつの時代も同じとはいえ、それはショックです。

6月13日、明智光秀の1万6千の軍勢と、羽柴秀吉の3万数千の軍勢が、天王山の東側で激突します。

──秀吉の軍勢は、倍もあったのですね。

絵図には、優勢に戦いを進める秀吉軍と、次第に後退して敗色に包まれる光秀軍の様子が克明に描かれています。
日暮れには明智勢が総崩れとなり、勝敗が決しています。

2つの絵図の近くに展望台が設けられています。
ここから眼下に見える高速道路の大山崎(おおやまざき)インターチェンジ周辺で、秀吉軍と光秀軍が激戦を繰り広げたのでした。

──この場所から、日本の歴史が、大きく変わっていったのですね。

秀吉の「天下人への道」

ようやく、天王山の頂上が近くなってきました。

──お疲れさまでした。

登り切ると、そこは広い台地になっており、6つめの絵図がありました。
大坂城、秀吉、千利休(せんのりきゅう)が描かれています。
タイトルは「秀吉の『天下人への道』はここからはじまった」

歎異抄の旅㉘[近畿編]信長、秀吉と『歎異抄』5の画像3

山崎の合戦で明智光秀を破った秀吉は、天王山の山頂に山崎城を築き、畿内を制圧します。
信長の後継者であることをアピールしようと、この地で、千利休と茶会を開催しました。

──茶会とは! やっぱり秀吉は、華やかですね。

絶大な権力を手に入れた羽柴秀吉は、その象徴として、大坂に巨大な城を築きました。
やがて、関白、太政大臣へと栄達し、朝廷から「豊臣」の姓を贈られます。
天正18年(1590)、小田原(おだわら)で北条氏(ほうじょうし)を下し、ついに天下統一を成し遂げたのでした。

小説家・堺屋太一(さかいやたいち)は、
「秀吉のきらびやかな天下。──それはこの天王山の東側で行われた合戦からはじまったのである」
と、絵図の解説を結んでいます。

なぜ、人生は「夢のまた夢」なのか

日本の歴史の中で、最も出世した男、といえば、まず、秀吉が挙げられます。

──はい、私たちが、「これさえあれば幸福になれる」と願うものの多くを手に入れたのですから。

そうですね。マイホームといっても、巨大な大坂城をはじめ、いくつも城を持っています。
黄金の茶室を造ったくらいですから、莫大な財産がありました。

しかし、人生の成功者と思える秀吉は、次のような辞世の句を詠んでいます。

「露と落ち 露と消えにし 我が身かな
  なにわのことも 夢のまた夢」

──この句は、よくドラマでも出てきますが、どういう意味でしょうか?

秀吉は、62年の生涯「朝露」に例えています。

「夜明け頃に、草花の上でキラリと輝く露も、太陽が昇ると跡形もなく消えてしまう。
俺の一生も、あっという間に過ぎ去ってしまった。
何かをやり遂げたという満足感は、何も残っていない」

とつぶやいているのです。

──秀吉のようなサクセスストーリーも、あっという間の出来事なんですね。

なにわとは、大坂のことです。

「大坂城を築き、天下に号令したことも、今から思えば、まるで、夢の中で夢を見ていたような、儚(はかな)いものだったな」

と実感を込めて言い残しています。

──あれだけのことをやり遂げても、儚いとは……。

こんな『歎異抄』の言葉を、思い出しませんか。

(原文)
「万(よろず)のこと皆もって、そらごと・たわごと・真実(まこと)あることなし」 (『歎異抄』後序)

(意訳)
この世のことは、すべて、そらごとであり、たわごとであり、まことは一つもない。

秀吉の辞世の句は、この『歎異抄』の言葉を自分の一生に置き換えて、分かりやすく解釈したもののように思います。

──そうですね。まことならば、夢のように消えてなくなってしまうことはないですからね。

秀吉は、全力で努力したからこそ、誰もがうらやむほどの、地位、名誉、金、財産を手に入れることができたのです。
しかし、それらは、いざ死に直面すると、光を失っていくものばかりでした。真っ暗な心には、何の明かりにもならなかったのです。

金や財産は、生きるためには必要なものですが、生きる目的ではなかったことに、秀吉は、人生の終幕になって気がつきました。
とても重要なものが抜けていたのです。

──それは何でしょうか。

元気な時から考えてこそ、悔いのない、明るい人生を送れるようになるのです。
実は、この大切なテーマ1つを明らかにした古典が『歎異抄』なのですよ。
秀吉も、もっと早く気がついていれば、『歎異抄』を学んだに違いありません。


木村耕一さん、ありがとうございました。私も『歎異抄』を学んでみたくなりました。次回も、お楽しみに。

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