カフェで楽しむ源氏物語-Genji Monogatari #56

  1. 人生

強引な薫と拒み続ける大君、互いを想いながらすれ違う二人の心【源氏物語・総角の巻】

こんにちは。国語教師の常田です。
“欲しいものほど、手に入らない”ということがありますね。
手に入らないと、ますます欲しくなります。
地位と名声を得ていた薫にも、どうしても手に入らないものがありました。
総角(あげまき)の巻を解説します。

大君を強引に引き留め、気持ちを伝える薫

御簾の中に押し入ろうとする薫の気配を察知して、大君は隣の仏間に逃れようとしました。
ですが、薫は彼女を引き留め寄り添います。

ほの暗い灯火の下、彼女の髪がはらはらと頬にかかるのを何度もかきあげ、こぼれるような美しさに思わず息をのみました。

彼女の身も心もすべてわがものにしたいと、初めて垣間見た時から抱いてきた恋心を真剣に告白します。

しかし、仏間に漂う名香の匂いに我に返り、急に後ろめたい気持ちになりました。
泣き崩れる大君の姿に、「彼女の心が開くのを待とう」と薫は思い直します。

秋の夜、峰の嵐も垣根の虫の音もすべてが心細く聞こえてくる中、薫は世の無常を語ります。
時折うなずいて返事をする大君は、だいぶ気持ちも落ち着いて、素直で風情のあるさまです。

夜が明け、光の見えた方角の襖を押し明けて、胸にしみる空の景色を二人で見つめました。
「このように二人で月や花を眺め、無常の世の様を語り合って暮らしたいのです」と薫は優しく語りかけます。

しかし、「物を隔てての対面なら、心の隔ては全くなく語り合えましょう」と大君はどこどこまでもかたくなでした。
彼女は何か心に深く秘めている様子でした。

かたくなに薫を避け続ける大君

八の宮の一周忌が過ぎ、薫が再び宇治を訪ねました。
やはり日が暮れても帰ろうとしません。

しかも、「今晩がチャンス」と思っていたのは彼だけではありませんでした。
大君に仕える女房たちも、二人が結ばれることを望んでいました。

それは大君の幸せを願って、というよりも、薫の後ろ楯を得て、この困窮生活から抜け出したいのが本音でした。

そんな女房たちの思惑も手伝って、宵も過ぎた頃、薫は使用人の老女・弁の手引きで、大君の寝室に忍び込むことに成功しました。

姫が一人で寝ています。

薫は胸を躍らせますが、気が動転し途方に暮れているかわいらしい有り様から、どうも違う、とすぐに気づきました。
気配をいち早く察した大君が、妹・中の君を残してどこかに逃げ隠れたのだと思い、たまらない悔しさが込み上げてきました。

薫と中の君、二人は何事もなく世を明かしました。
中の君も美しい姫ですが、大君に”妹でもよかったのか”と思われたくなかったからです。

明け方、薫は女房たちに恨み言を残して、そそくさと京へ帰っていったのでした。

大君への恋に執着し、悩み苦しむ薫

度重なる逢瀬の失敗で、薫は身もだえする苦しみを味わわされたことでしょう。

薫は今までさほど努力せずとも、人も羨む地位や名声を得てきました。

しかし、それらは、光源氏の子であるがゆえに手にできたものです。

母の不義で生まれたと知った今では、「源氏の実子」という虚構の上に築かれた幸せは、いつ崩れるかも知れぬ不安に覆われ少しも喜べません。

そんな中、初めて自ら求めたのが大君でした。

この恋が成就すれば、こんな自分にも生まれてきた意味がある、と執着しますが、その大君の愛一つが得られないのです。

大君が抱いていた、薫への好意と密かな決心

大君の元に、帰京した薫から「諦められない」と文が届きました。

大君はなぜかいつもより嬉しい気持ちで手にします。

実は彼女も薫に好意を抱いているのですが、妹の幸せをいちばんに考え、薫は妹の婿に、そして自身は仏道を求める身になろう、と決心していたのです。

一方、どんなに拒まれても大君を憎み切れない薫は、何が何でも彼女と結ばれたい、と一計を案じます。
それが最も愛する人を苦しめることになるとは知らずに…。

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  • 名香:仏に供養する香
  • 女房:身分の高い人に仕える女性
  • 弁:かつて薫に出生の秘密を語った老女

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