カフェで楽しむ源氏物語-Genji Monogatari #55

  1. 人生

恋が実れば幸せになれる?大君に惹かれる薫の深い孤独感【源氏物語・総角の巻】

こんにちは。国語教師の常田です。
恋が実れば悩みも消え幸せになれるのでは…と突進せずにいられないことはよくあります。
八の宮の長女・大君に惹かれた薫はどうなるでしょうか。
総角(あげまき)の巻を解説します。

大君への恋心に突き動かされる薫

師の八の宮が亡くなり、自分の存在の意味を問い、薫はますます不安や苦悩に追い詰められていきます。

そんな中、薫は、かつて月明かりの下で垣間見た大君に恋心を抱いていました。

優雅で奥ゆかしい風情ばかりでなく、御簾(みす)越しに語り合う言葉や、時々詠み交わす歌に彼女の無常観が表れ、薫は通じ合うものを感じたのです。

ところが、大君にじかに意中を訴えても、話をそらされてしまいます。

それでもなお、“彼女と結ばれたなら、生きる意味の分からぬ苦しみも癒されるはず”という思いに薫は突き動かされるのでした。

薫からの求愛を、頑なに拒む大君

秋になり、八の宮の一周忌が近づきました。宇治の川風も悲しく吹きつけてきます。

法要の準備のために薫が宇治の山荘を訪ねると、姫たちが名香(みょうごう)の糸を作りながら、
「早く亡き父の後を追いたい…と思いながらも、ここまで生き永らえてきたものね」と語り合っているのが聞こえてきました。

薫は、

「わが涙をば玉にぬかなん」
(私も同じ悲しみの涙に暮れる仲間です)

と口ずさみます。
準備の合間、薫は求愛の歌をしたためて、大君に送りました。

「あげまきに 長き契りを むすびこめ おなじ所に よりもあわなん」
(名香の糸の総角結びの中に、末永い契りを結び込めて、糸が一つの所に結び合わさるように、一緒になりたいものです)

しかし、大君から返ってきたのは、

「ぬきもあえず もろき涙の たまのおに 長き契りを いかがむすばん」
(悲しみに堪えず、糸で貫き留めることもできぬほどもろい涙の玉のような消えやすい私の命なのに、どうして末永い契りを結べましょうか)

前にも増してかたくなな拒絶の返事でした。

「魂の連れがない」薫の深い孤独感

薫は使用人の老女を呼び出して、やり場のない気持ちをぶつけます。

「弁」と呼ばれるこの老女こそ、薫に出生の経緯を語った人物です。

「なぜあんなにも拒まれるのか。他に意中の男がいるのかと疑わしくなります。
私はただ、彼女と隔てなく語り合いたいだけなのに…。
私には、打ち解けて話のできる間柄の人がないので、いつも寂しい思いをしているのです」

確かに、薫には表面上の兄・姉はいても、親子ほど年が離れ、立場上も気軽に話はできません。

母・女三の宮は、親とは思えぬ若々しさながら、今は出家の身であり、子といえども気安くそばにいられません。

これまで出会った数多くの女性たちも、薫には気詰まりする相手ばかりです。

親友の匂の宮は、年も近く気心が知れていますが、張り合う関係でもあり、
“思いのまま生きれば、人生悔いなし”というような奔放な彼には、とても人生の悩みを打ち明けることはできませんでした。

父・光源氏の遺言もあって、世間中から大切にされてきた薫ですが、結局のところ、胸のうちをほんの一端なりとも打ち明けられる相手は一人もいなかったのです。

肉体の連れはあっても、魂の連れがない。
薫は誰よりも深刻な孤独にさいなまれていました。

夜が更け、薫は大君を引き留める

日が暮れても薫は、ぐずぐずして山荘から帰ろうとしません。

御簾と屏風を隔てて、大君としめやかに語らいます。

夜が更けるにつれ、彼女の優美な魅力は増すばかり…。

薫はとうとう我慢ができなくなりました。

屏風を押し開け、御簾の中へ押し入り、慌てて仏間に逃れようとした大君を引き留めたのでした。

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  • 名香の糸:法要で仏に供養する香に用いる五色の組糸

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