カフェで楽しむ源氏物語-Genji Monogatari #51

  1. 人生

【源氏物語 橋姫の巻・椎本(しいがもと)の巻】 娘を思う八の宮の親心は、闇夜の道に迷うよう 【宇治十帖】

  1. こんにちは。国語教師の常田です。
    光源氏の子として栄華の生活を送りながら、人生に悩む薫。
    自身の出生の真相を知らされ、「光源氏が実父でないのなら、源氏の子として得ている地位も名声も、ウソ偽りではないか」と、一層苦しみます。
    さらに、”出家を志す身、この世のことには執着するまい“と覚悟を固めてきたのに、八の宮の娘たちの美しい面影が脳裏から離れないのです。

薫のよきライバル、匂の宮

姉妹のことが忘れられない薫は、ふと、親友の匂の宮に話してみよう、と思い立ちました。

年近く、よきライバルでもある「匂の宮」は光源氏の孫で、帝の三男です。
両親から格別にかわいがられ、将来は東宮にと期待されています。

源氏の血を色濃く継いで女性に目がないのですが、帝の子という高貴な身分のため、自由に逢いに出掛けることは許されません。
薫は匂の宮の羨ましがる顔を思い浮かべ、”気をもませてみよう”と出掛けたのでした。

薫と匂の宮、それぞれの悩み

匂の宮は、そんな薫の期待を裏切りませんでした。

彼の話を身をのり出して聞き入り、
「堅物の薫がこれほど魅了されるのだから、よほど美しいに違いない」
とロマンを膨らませます。
そんな匂の宮を見て、出自の問題から自信を持ちきれない薫は、自身の恋心は全うなものと安心もします。

さて、姫たちに近づくには…と思いを巡らせていた匂の宮に、翌年の春、チャンスが訪れました。
初瀬への旅の帰途、宇治で中宿りできたのです。

八の宮の山荘に対岸にある邸で、匂の宮は薫や親しい貴公子たちと管弦の楽を催します。
琴や笛の音が風に乗り、宇治川の向こうにも聞こえたのでしょう。
間もなく八の宮から薫宛てに、来訪を促す手紙が届きました。

やっと糸口をつかんだと大喜びの匂の宮でしたが、立場上、やはり山荘を訪ねることはできず、薫に手紙を託します。

独り邸に取り残され、
「何で自分だけが、こんながんじがらめの生活を送らねばならないのか…」
と自由に出歩ける薫を羨むのでした。
薫も、匂の宮も、それぞれ他人にはうかがい知れぬ悩みを抱えていたのですね。

八の宮の親心

薫の目には仏法一筋、この世のことは達観したように見える八の宮もまた、人知れず苦しんでいました。

長女・大君(おおいきみ)は25歳、次女・中の君は23歳。
結婚適齢期を過ぎてますます美しくなっていく娘たちがいとおしく、このまま山里に朽ちさせるのはもったいない。
適当な身分の誠実な男性はいないものかと悩みます。
法友の薫の誠実さは頼もしいのですが、落ちぶれた八の宮家とのあまりに違いすぎる境遇や、彼の出家の志などを考えると、”娘を妻にしてほしい”とはとても言い出せないのでした。

近づく死期を予感してか、八の宮は今まで以上に、後生(来世)明るい身に、と真剣に勤行に打ち込もうとしますが、娘たちを案じては、心が散乱していました。

八の宮と薫、最後の語らい

秋になり、再び薫が山荘を訪ねると、八の宮はいつも以上に歓待し、自分亡き後、娘たちの後見を託します。

「親が子の将来を案ずるにしても、男ならそれほど親の心を書き乱すことはないでしょう。しかし、女の子の場合は、つまらぬ男にだまされてますます落ちぶれ、世間の物笑いになりはしないか、とそればかりが気掛かりなのですよ」

子を思い惑う親心のいかに深いことか。
人々から”聖(ひじり)”とたたえられる八の宮も、普通の一般人と何ら変わらないことが知らされます。

その切実な八の宮の気持ちを察して、薫は

「いかならん 世にかかれせん 長きよの ちぎり結べる 草の庵は」
(いつの世になろうとこの草庵を見捨てることがありましょうか。末永く約束したのですから)

と力強く誓います。

かけがえのない法友同士の語らいは、この夜が最後になったのでした。

前の連載を読む 連載を読む