日本人なら知っておきたい 意訳で楽しむ古典シリーズ #25

  1. 人生

災害と向き合い、乗り越えてきた古典の知恵 〜『方丈記』を紐解く

美しき京の都

ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず(『方丈記』)

有名な『方丈記』(ほうじょうき)の書き出しです。暗唱している方も多いのではないでしょうか。
舞台は、800年前の京都。
そこで暮らす鴨長明(かものちょうめい)は、次のような言葉で、京の都を紹介しています。

(意訳)
宝石を敷き詰めたような美しい所、それが京の都です。
ここが、都に定められてから400年、人々は、競い合うように、りっぱな住まいを築いてきました。
「こんなに苦労して建てた家だから、子や孫の代まで、末永く残ってほしい」と、皆、願っています。

京都の美しさ、そこに住まいする人々の誇りや幸福感が、行間から感じ取れますね。

しかし、そんな京の都を、5つもの災害が立て続けに襲ったのです。

災害と向き合い、乗り越えてきた古典の知恵 〜『方丈記』を紐解くの画像1

日本で最初の災害文学

京都を襲った火災、竜巻、地震など、ルポライターのように現場を取材し、美しい文章で書き上げた『方丈記』は、日本初の災害文学としても、高く評価されています。

京都で起きた大災害を、長明の年齢に当てはめてみましょう。

23歳……大火災
26歳……竜巻
26歳……遷都(首都移転)
27歳……大飢饉(台風、洪水、伝染病)
31歳……大地震

こんな激しい無常と絶望を、長明は、わずかな期間に体験しています。大飢饉の時には、伝染病も蔓延しました。あれ? 立て続けに災害が起きている現代も、800年前と似ていませんか?

まさか!こんなことが起きるとは

(意訳)
私が生きてきた60年あまりの間に、「まさか!」と叫びたくなるような、想定外の災害に、何度も遭いました。それは、ある日突然、襲ってきたものばかりです。

あれは、安元3年(1177)4月28日のことだったでしょうか。風が激しく吹いて、ガタガタ物音が鳴りやまず、落ち着かない夜でした。折悪く、都の東南で発生した火災が、強風にあおられて、西北へ向かって、どんどん広がっていったのです。
民家だけではなく、しまいには、帝が住む大内裏まで炎に包まれ、朱雀門、大極殿、大学寮……と、次々に焼けていきました。国家の威信をかけて造った巨大な建物も、たった一夜で、灰になってしまったのです。

台風や、地震など、被災された方のインタビューでは、「今まで、何十年もここに暮らしているけれど、こんなことは初めてだ」という声をよく耳にします。
今回の新型コロナウィルスは、すべての人が、いつ被災者になるかわかりません。
学校で友達を作って勉強やスポーツをしたり、チームで一緒に現場で仕事をしたり、食事会、飲み会、カラオケや遊園地で遊んだりの日常生活が、ある日突然、できなくなりました。
「まさか!」こんな日が来るなんて……と、ほとんどの人が感じていると思います。

アニメの巨匠にも影響を与えた描写

長明は、災害の状況を、まるで映像を見るように表現してゆきます。

(意訳)
火元は、旅人を泊める、粗末な仮屋だったようです。小さな火の不始末が、吹き荒れる風によって、ほうぼうへ飛び火したのでした。空から見ると、まるで、火元から扇子を広げたように、末広がりに拡大していったのが分かります。
火のつかない家は、まるで、もうもうたる煙にむせび、苦しんでいるようです。
燃え盛っている家は、まるで、口から吐き出すように、炎を勢いよく、地面にたたきつけています。
夜空は一面、真っ赤に輝いています。空に舞い上がった灰が、炎の光を反射しているからでしょう。
恐ろしく勢いを増した炎は、風で吹きちぎられ、空を数百メートルも飛んで、別の家を次々に燃やしていくではありませんか。

災害と向き合い、乗り越えてきた古典の知恵 〜『方丈記』を紐解くの画像2

アニメの巨匠・宮崎駿は、「自分の作品の世界観に、『方丈記』が大きな影響を与えている」と語っています。

儚いもの

(意訳)
こんな炎に襲われては、誰も、生きた心地がしません。
ある人は、煙で息を詰まらせ、倒れていきました。
ある人は、炎で気を失い、焼け死んでいきました。
命からがら逃げ出した人でも、家の中から財宝を運び出す余裕など、全くありません。生涯かけて蓄えた宝が、全て灰になってしまったのです。

この大火災で、都の3分の1が焼失したといわれます。その損害は、いったい、どれくらいになるのか、想像もできないほどです。

人間が、いくら一生懸命に頑張っても、報われないことが多いのが、この世の中です。まるで、水面に浮かんだ泡が、ぱっと消えてしまってから、「儚いなあ」「愚かだったなあ」と知らされるものばかりではないでしょうか。

「儚い」(はかない)という文字は、「人」がみる「夢」と書いてあります。
一生懸命に頑張って築いてきたものが、突然、燃えてなくなってしまう。まるで「夢」から覚めた心地です。一体、今まで、何をやってきたのだろう……と。

そんなつらさ、悲しさを、日本人は、繰り返し、繰り返し経験してきたのですね。

最も恐ろしいのは地震である

大火災、竜巻、大飢饉、大地震を経験してきた長明ですが、その中でも、最も恐ろしいのは「地震」と書いています。
長明が体験した元暦の大地震は、マグニチュードは7.4と推定されています。平成7年の阪神淡路大震災はマグニチュード7.2でしたので、これと並ぶ巨大地震であったことが分かります。

(意訳)
また、大飢饉から数年後に、ものすごい大地震がありました。それは、これまでの地震とは、全く違っていたのです。山は崩れて川を埋め、海は傾いて津波が発生したのです。大地は裂けて水が湧き出し、岩は割れて谷底に転げ落ちました。海岸近くを漕ぐ船は波に翻弄され、道を行く馬は足元がふらついて走れませんでした。

災害と向き合い、乗り越えてきた古典の知恵 〜『方丈記』を紐解くの画像3

(意訳)
京都の近郊では、あちらでも、こちらでも、寺院の全てが被害を受けました。あるものは崩れ、あるものは倒れてしまいました。
チリや灰が空へ立ち上って、もうもうとした煙のようでした。
大地が揺れ、家が破壊される音は、雷鳴と全く同じでした。
家の中にいると、たちまち押しつぶされそうになります。外へ走って出ると、地面が割れ、裂けています。羽がないので、空を飛ぶこともできません。竜であったなら、雲に乗ることもできるでしょうに……。
恐ろしいものの中でも、最も恐ろしいのは、全く、この地震なのだと、はっきり知らされました。
このような、激しい大地の揺れは、しばらくして止まりましたが、その余震は、当分、絶えることがなかったのです。
普段なら、びっくりするほどの地震が、二、三十回も起きる日が続きました。そして、本震から十日、二十日と過ぎていくと、だんだん間隔が空いてきて、1日に4,5回か、2,3回、もしくは1日おき、2,3日に1回というように減っていきました。それでも、3カ月ほど、余震が続きました。
今から300年ほど前にも大地震があって、東大寺の大仏の首が落ちたそうです。それでも、今回の地震のひどさには及ばないでしょう。

(原文)
恐れの中に恐るべかりけるは、地震なりけりとこそ覚え侍りしか。

人間は、忘れてしまうもの

大きな災害が起きると「風化させないために」と、毎年、特集が組まれます。
「災害は、忘れたころにやってくる」といわれるように、人間は、忘れてしまう動物だからでしょう。
長明も同じことを訴えています。

(意訳)
大地震が起きた直後は、人々は皆、「どんな豪華な家も、地震がきたら、ひとたまりもない」「この世は、無常だな」と言っていました。しかし、月日が経過するにつれて、地震があったことさえ、言葉に出して言う人がいなくなってしまいました。
あれほど悲惨な目に遭いながら、人間は、すぐに忘れてしまい、何もなかったかのように、また同じことを繰り返しているのです。

長明が伝えたかったこと

長明が災害の状況と、直面した人々の様子を綴った目的は、何だったのでしょう。
それは、単なる災害の記録ではありませんでした。
まず、私たちが、どんな所に住んでいるのかを、明らかにしようとしたのです。

災難や災害に襲われ絶望し、悲しんでいる時に、「大変ですね」と慰められたら、どう思いますか?「相手は自分のことを、心配して言ってくれている」とは分かっていても、心の負担が増すばかりではないでしょうか。
また「頑張ってください」と励まされると、「これ以上、何を頑張ったらいいの?」と、よけいに苦しくなってしまいます。

むしろ、ありのままの状態を、まっすぐに見つめることによって、心が救われることがあるのです。
長明が記した「ありのままの状態」とは、「この世は無常である」ということです。
このことを、有名な古典『歎異抄』(たんにしょう)には、「万(よろず)のこと皆もって、そらごと、たわごと、真実(まこと)あることなし」と書かれています。
「いつ、どうなるか分からない」と、ただ不安に怯えたり、嘆いたりしているだけでは、何も解決しません。
「この世のもの全ては、無常である」と、あきらかに見つめてこそ、苦しい局面を乗り越えて、生きていく力が、わいてくるのです。

日本人は、今まで何度も、大きな災害にみまわれ、そこから復興を遂げて、現代の社会を築いてきました。
そのような前向きな精神、日本人の原点を、『方丈記』は、教えてくれているようです。

災害と向き合い、乗り越えてきた古典の知恵 〜『方丈記』を紐解くの画像4(イラスト 黒澤葵)

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