日本人なら知っておきたい 意訳で楽しむ古典シリーズ #18

  1. 人生

【平家物語の人物紹介】「平清盛=悪の権化」って本当?  最下層の武士の立場から、最高位の大臣にまで 昇り詰めた清盛の人間力とは……

超差別社会にも、へこたれなかった平家一門

平清盛って、どんなイメージですか?

「平家にあらずは人にあらず」の言葉は有名です。

ここから、平清盛は「自分の思いのままに権力を振りかざして、都合の悪い人は問答無用で処罰する」そんな、高慢ちきに違いない、と思っていました。
果たして、どんな人物なのでしょうか。

当時、平氏、源氏などの武士は、天皇や貴族の命令で動く「番犬」とされた超差別社会。
いや、実はもっとひどく「地下人」といわれ、地面を這い回る虫扱いでした。
武士というだけで、人間扱いもされないなんて。
まるで社会全体が「いじめ」を容認しているような状態。
そういう時代では、「社会が悪い」という不平不満で、鬱々とするのが、常なのではないでしょうか。

しかし、平家一門は、へこたれませんでした。

この差別を撤廃したのは、経済力でした。

平家は、中国大陸との貿易を成功させ、巨万の富を築きます。
時代の先を読む力、経済センスによって、平家は「地下人」から「殿上人」へ、龍の如く、押しあがっていくのです。

金が物を言う? 経済力で、一気に最高ポストへ

「金が物を言う」と、よく言われます。

平清盛は、三十三間堂(蓮華王院)を私財で建立し、なんと後白河上皇にプレゼント!
三十三間堂とは、今も、京都の修学旅行スポットになっていて有名です。
また、吉川英治の小説『宮本武蔵』では、吉岡伝七郎との決闘場所として描かれていました。
雪の降る中、武蔵が寺僧と茶を飲んで暖をとった後、決戦場に、長い廊下から現れてくるシーン、それが、三十三間堂です。
あの三十三間堂を、私財で建立してしまうとは……。スケールの大きさに驚きます。

清盛は、保元の乱、平治の乱も勝利し、信用を勝ち取って、トントン拍子に出世し、武士として初めての「太政大臣」に任命されました。

人間扱いもされていなかった武士が、最高の官職である「太政大臣」に昇り詰めたのです。

居場所は自分で作る! 清盛の人間関係力

「自分なんて、あの人には、相手にされていないな」と感じる人とは、距離を置きたくなるものです。

ところが、平清盛は、相手にされないどころか、武士というだけで「人間扱い」されない社会の中に飛び込んで、人間関係を築いていきました。
始めは、どれほど貴族からバカにされ、上から目線で物を言われて、腹が立ったり、イジけた気持ちになったことでしょうか。

それにずっと耐えて、流して、清盛は、それらの人の頂点に立つ、後白河上皇の信頼を勝ち取ってゆくのでした。
なんという剛毅な性格でしょう。

足を踏み入れることも許されなかった、政治の世界で、最高の居場所を確立したのです。

しかも、それは清盛個人だけではなく、平家一門を、次々と重要ポストに就かせてゆくのでした。

平家一門は、この世の春を満喫するのです。

【原文】
今は平家の一類のみ繁昌して、かしらをさし出すものなし。
いかならん末の代までも何事かあらんとぞみえし。
(『平家物語』巻第一 二代后)

情に厚く、平家一門をワンチームに。平清盛の懐の広さ

平清盛は、家族、家臣に心を配り、平家一門をワンチームにした人情味溢れる親分肌の人でした。

ですが、家族、親戚といっても、いろいろな人があったと思います。
中でも強烈なのは、平家打倒を企んだ、藤原成親。
『平家物語』に出てくる「鹿ケ谷の陰謀」の首謀者です。

大納言・藤原成親は、「左大将になりたい」という野心に燃えていました。
ところが、役職や官位の任命は、平家の思いのままに決められていた、このご時世。
思うような昇進ができなかった成親が、清盛を倒そうと謀反を起こしたのが「鹿ケ谷の陰謀」でした。
しかし、事を起こす前に事件が発覚!! 成親は捕らえられてしまうのです。

藤原成親の妹は、平清盛の長男・重盛の妻になっています。

鹿ケ谷の陰謀の10年ほど前、成親は、平治の乱で罪を得て処刑されるはずでした。
そこを、清盛の長男・重盛が執り成して、命びろいをしたのです。

清盛は、平治の乱の時も、鹿ケ谷の陰謀の時も、成親に対して、怒り心頭だったでしょう。
当然、清盛としては、成親を処刑するはずでした。
歴史を見ても、自分に刃向かう者は処刑するのが、権力者のやり方です。

ところが、鹿ケ谷の陰謀でも、長男・重盛に説得されて、罪を減じ、成親を流刑にしています。
ここが、肉親も断罪した源頼朝と、違うところですね。

失敗すると、手もつけられないほど怒るけど、時間が経つと「しょうがないな」と許してしまう。
このような「人間くさい」ところも魅力的。清盛は、情に厚い人だったのでしょう。

「平家にあらずは人にあらず」と言ったのは、清盛ではなかった?!

「平家にあらずは人にあらず」と言ったのは、てっきり、平清盛だと思っていました。
実は、清盛の妻・時子の弟、平時忠でした。

【原文】
この一門にあらざらん人は皆人非人なるべし(平時忠)

【意訳】
「この平家一門に属さない者は、みな、人非人である」

この言葉を、どのようなシチュエーションで言ったのかは、よくわかりませんが、「奢る平家」を印象づける、強烈な言葉です。
平家に反感を持つ人たちが、清盛を悪者に思わせるために言い出した、という説もあるとか。

『美しい鐘の声 平家物語』を編集するまでは、私は「平清盛=悪の権化」と思っていました。
しかし、最高位の大臣に昇り詰めた背景には、清盛の「人間力」がありました。
時代を先取りした経済力によって、軍備を強化し、相手が喜ぶものを寄進して人間関係を作り、平家ファミリーをまるごと頂点に君臨させる包容力を持つなど、様々な力とセンスを兼ね備えていたのですね。
清盛は、よいところもたくさんあったんだな、と見方が変わりました。

「あの人は、こういう人だ」と決めつけてしまうのは簡単ですが、人にはいろいろな面があります。
その人の違う面を発見すると、自分の世界も広がってゆくように思いました。

平清盛さん、悪者にしていて、ごめんなさい。


 

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美しき鐘の声 平家物語(一)

美しき鐘の声 平家物語(一)

木村耕一(著) 黒澤葵(イラスト)