カフェで楽しむ源氏物語-Genji Monogatari #11

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源氏物語⑪【明石の巻・澪標の巻】いっそこのまま海に身を投げてしまいたい

こんにちは。国語教師の常田です。
当時の人たちは、「身分が高くて、教養もあって、仏道を深く信仰していた人の死んだ後は、明るいのだろう」と信じていたようです。
まさにそのような人が光源氏の父・桐壺帝でしたが、紫式部は、彼をどう描いたのでしょうか。
式部が人間を凝視する目は厳しいですよ。

夢に現れた父

光源氏は都を離れ、須磨で謹慎生活を送っていました。
連日の暴風雨と、邸への落雷、そして炎上に疲労困憊していたその夜、夢に亡き父・桐壺院が現れたのです。

「どうしてこのようなむさ苦しい所にいるのか。早く船出して、ここを立ち去りなさい」
父は源氏の手を取り、優しくさとしました。

「父上、私は今、あまりにつらいので、いっそこのまま海に身を投げてしまいとうございます」

「とんでもないことだ。その苦しみはまだほんのささいな報いであるぞ。私が帝であった時、世を治めることに失敗はなかったが、意識せず造り続けた罪悪のために、死後ひまなく悪果に苦しめられている…」

「私も父上にお供させてください」
と大泣きしたところで、源氏は目を覚ましました。

そこに人影はなく、月だけがきらきら輝いていました。
夢だったとは思えず、まだこの辺りに父がいる気がしてなりません。

“人徳は語り継がれ、皆から今なお慕われている父が、死後に何の悪果を受けねばならないというのか。生前、造り続けた罪悪とは…?”

夢の父の言葉が心に引っかかり、源氏の胸には不安で不可解な気持ちが広がるのでした。

時同じく、小舟で源氏を迎えに来た者がありました。
明石の入道という60歳ぐらいの男です。

彼は都で、大臣の子として生まれましたが、地方官になり、明石で相当の財を蓄えていました。
今は出家の身です。
入道もまた、
「暴風雨がやんだら、須磨にいる者を舟で迎えに行け」
と告げられる夢を見たといいます。

源氏は一思案の後、”夢で父が言われたとおりにしよう”と明石へ移り住むことに決めました。

明石の君

明石の浦は人も多く、須磨とはまた違い、格別に明るく趣のある所でした。

入道は懇ろに源氏をもてなし、一人娘(明石の君)を差し上げたいといいます。

彼はかねてより、娘を都の大貴族に嫁がせ、生まれた孫娘が后となって、帝になる男子を生むことを夢みていました。

源氏は、京で夫の帰りを待ちわびる紫の上を思うと、承知しかねます。

しかし、深い教養を身につけ、気高く素直な明石の君の魅力に次第に、引かれていくのでした。

明石の君は当初、自身の身分の低さを意識し、かたくなな態度でした。
しかし、やがては源氏の熱意にほだされ、契りを結びました。

一方、都では、先の天変地異以来、朱雀帝は目を患い、さらに祖父・右大臣の急死、母・弘徽殿大后の重病と、災いが相次いで押し寄せていました。

“これは光源氏を流離の地に謹慎させているからではないか…”
と考えた朱雀帝は、大后の猛反対を押し切り、源氏を都に呼び戻すことにしました。

いつも周囲の言いなりだった朱雀帝が、初めて一人で決断したのです。

わびしい謹慎生活に終止符が打てることを、光源氏は素直に喜びます。
一方、懐妊の分かった明石の君は悲しみに沈みます。

源氏は「必ず都へ呼ぶ」と固く約束して、京へ旅立ちました。

光源氏28歳。
政界に復帰し、帝の相談相手にもなり、一気に出世街道を歩んでいきます。

しかしなお心にかかるのは、須磨で見た父の夢。

「亡き父は今頃どうなっているのだろうか…」

源氏は父のために盛大な法要を催しましたが、それだけで死後の心配はぬぐい去れるものではありませんでした。

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※澪標(みおつくし)は、くいを並べて立てて、船が往来するときの目印にしたものです。和歌を詠むときは、「身を尽くし」とかけて用いられます。