日本人なら知っておきたい 意訳で楽しむ古典シリーズ #184

  1. 人生

人生の旅は、独りぼっち 〜居場所がなかった平維盛(『平家物語』)

夏の暑さが盛んになると、ふと思い出す松尾芭蕉(まつおばしょう)の一句があります。

「夏草や兵(つわもの)どもが夢の跡」

戦場は武士たちの命と命がぶつかりあう、夏の盛りのような激しさを思わせます。

武将は、戦果を上げてこそ評価されます。しかし、平家の跡取りとして期待された平清盛(たいらのきよもり)の孫・維盛(これもり)は、大惨敗ばかり……。

悲劇の武将といえば源義経(みなもとのよしつね)ですが、成果を出せない平維盛もまた、個人的に悲劇の武将だなと思いました。

今回は、平維盛について、木村耕一さんにお聞きしました。

平維盛とは?

──木村さん、平維盛はどんな立場の人でしょうか。

平家一門の中でも、維盛は特別な立場です。
清盛の長男重盛(しげもり)、そして重盛の長男維盛です。平家の嫡流です。本来ならば本家を継ぐ立場です。

──あの平清盛の孫なんですね。

維盛は、舞いの名手でした。

後白河法皇(ごしらかわほうおう)の前で舞った時には、貴族の日記に、
「維盛の容貌美麗、尤も(もっと)歎美するに足れり」
(維盛の容貌は、特に美しかった。最高の美貌であった)と書かれています。

人生の旅は、独りぼっち 〜居場所がなかった平維盛(『平家物語』)の画像1

──それはすごいですね。

はい。父・重盛が早死にしたため、期待は若き維盛に注がれました。

──周りからの期待の大きさは、量り知れないですね。

ところが、大将軍に任命されたにもかかわらず、富士川(ふじかわ)の戦い俱利伽羅峠(くりからとうげ)の戦いで大惨敗を喫してしまいました。

──それはつらいです。いくら清盛の孫だといっても、戦争の指揮をすることは、難しかったのではないでしょうか。

はい。合戦さえなければ、維盛は、貴族として、称賛を受けながら、美しい人生を送ったのかもしれません。

平家が、都落ちせざるをえなくなった原因は、自分にあるという思いが、維盛には強かったのではないでしょうか。
この段階で、すでに維盛は、自分の居場所を見失い、生きる気力が消えつつあったとしか思えないのです。

平家の都落ち〜その時、維盛は

平家の主な人々は、皆、妻子を連れて西国へ落ちていきました。

人生の旅は、独りぼっち 〜居場所がなかった平維盛(『平家物語』)の画像2

しかし、なぜか、維盛は、妻と子供を都に残すことに決めたのです。
妻は、桃の花が露にぬれて咲き出したような顔、風に吹かれる柳のような髪をした、このうえもなく美しい女性でした。二人の子供があり、六代(ろくだい)という名の十歳の嫡男と、八歳の娘が、父に追いすがって離れようとしません。

維盛は、妻に諭します。
「どこまでも、おまえを連れていきたいが、行く手には敵が待ち受けているのだ。安心して連れていける道ではないのだ。
この後、たとえ私が討ち死にしたと聞いても、おまえには、決して出家してもらいたくはない。どんな人とでも再婚して、幼い子供たちを育ててもらいたい。情けをかけてくれる人も、きっとあるだろう」

妻は、返事もせずに、衣を引きかぶって、ただ泣いています。

いよいよ出発しようと立ち上がると、維盛の袖にすがって、こう言います。

「都には、父もなく、母もいません。あなたに見捨てられたら、私はもう、再婚する気持ちなどありません。それなのに、誰とでも結婚せよとは、あまりにもひどいお言葉です。

おまえと一緒なら同じ野原の露と消えても悔いはない、同じ海の底に沈んでもおまえを離さない、死ぬ時は一緒だ、と何度も約束してくださったではありませんか。夜の寝覚めに交わした睦言(むつごと)は、みなウソだったのですね。

私一人ならば、しかたありません。捨てられたとあきらめましょう。
しかし、幼い子供たちを、誰に頼み、どうせよとお考えですか。
私たちを都に残されるのは、本当に、恨めしいことですよ」

維盛は、
「おまえたちを、戦場で、つらい目に遭わせたくないのだ。分かってくれ。どこか、落ち着ける場所が見つかったら、迎えに来るから……」
と言うしかありませんでした。

鎧(よろい)を着て、まさに馬に乗ろうとすると、二人の子供が走り出てきて、
「お父さま、どこへ行くの。私も行きます」
と取りすがるので、維盛はまたも、どうしようもなく、立ちすくむのでした。

人生の旅は、独りぼっち 〜居場所がなかった平維盛(『平家物語』)の画像3

そこへ、維盛の五人の弟が、馬に乗って迎えに来たのです。
「一門の人々は、すでに、はるかかなたへ進んでいるのに、どうして、まだ出発されないのですか」
と、半ば責めるように問いかけます。

「おのおのがた、幼い子供たちが、あまりにも後を慕うので、あれこれなだめているうちに、遅れてしまったのだ」
維盛は、こう言いながら泣いてしまったので、庭に控えていた武者たちも、皆、涙で鎧の袖をぬらしたのでした。

それでも妻は、
「長い間、連れ添いましたが、これほど情けのない人だとは、思いもしませんでした」
と恨むように言って、身を悶えて泣くばかり。子供たちは外まで転び出て、出せるだけの大声で泣き叫びます。

この泣き声は、いつまでも維盛の耳の底に残っていました。
西国へ向かう船の上で聞く波の音、山野を吹き抜ける風の音を聞いても、妻子の泣き声が重なって聞こえ、消えることはありませんでした。

人生の旅は、独りぼっち 〜居場所がなかった平維盛(『平家物語』)の画像4

(『美しき鐘の声 平家物語(三)』より 木村耕一 著 イラスト 黒澤葵)

居場所がなかった維盛

木村耕一さん、ありがとうございました。

平維盛の家族を思う気持ちに切なくなりました。
維盛は、大切な家族にも本当の心を分かってもらえず、平家一門からも孤立して居場所がなく、孤独だったと思います。

平維盛の生き方を通して、自分の人生を見つめ直すきっかけになりました。
古典はいいですね。

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