心がきらめく仏教のことば #6

  1. 仏教

「日々是好日」の意味を知ると毎日が変わる!悪い日を良い日にする心がけ


今回のテーマは日々是好日(にちにちこれこうにち、ひびこれこうじつ)です。

女優・樹木希林さんが晩年に出演した映画のタイトルも「日日是好日」でしたね。
この言葉を聞いたことのある方も多いのではないでしょうか。

今回は「日々是好日」の意味を紹介していきたいと思います。
この意味がわかると、結果に一喜一憂せずに進んでいける力が自然と湧いてくるはずです。

仏滅は仏教と関係あるの?

新しい年を迎えました。
今年はどんな年になるだろうと期待に胸を膨らませる方もあれば、これからどうなってしまうのだろうと不安に思われる方もあるでしょう。

特に年始などは、おみくじなどを引いて結果がよくなくて落ち込む方や、今年は厄年だから何か不幸なことが起きるのではと心配される方もあるかもしれません。

またカレンダーや手帳に日の良し悪しについて書かれてあるものも多く見かけます。
大安、先勝、先負、友引などです。
その中に仏滅という言葉もありますので、「仏教と関係あるのかな?」と思われている方も少なくありません。

実は、手帳などに書かれている日の良し悪しは、六曜といわれるもので仏教とは関係ないのです。
では、年や日によって「良い」「悪い」と言われることについて、仏教ではどのように教えられるのでしょうか?

毎日が良い日、毎年が良い年

ブッダはこのように言われています。

如来の法の中に吉日・良辰を選ばず

仏教では「この日は良い日」とか「悪い日」というものは教えられていないのです。
日だけでなく年でも同じことでしょう。

それどころか「日々是好日」と、毎日が「好日」であるとまで言われているのです。
「好日」とは良い日という意味ですから、年で言うならば、毎年が良い年ということになります。

さてこれは一体どういうことなのでしょうか?

毎日を良い日にするものとは?

日々是好日とは「毎日が良い日になるようにしなさい」と言われている言葉です。

仏教の土台をなすのは、自業自得という教えでした。
自分の行いが、自分の未来、将来を生み出すというものです。

自業自得については、こちらの記事で解説しています。

ですから、良い日というのは何から生まれているのかといえば、私の日々の行いです。
反対に悪い日というのも私の日々の行いによって作られるものなのです。

たとえば、朝寝坊してしまったとしましょう。
慌てて家を飛び出し、駅に向かったけれど、あと一歩というところで電車に乗り遅れて会社に遅刻。
上司から小言を言われつつ、会議に必要なものをカバンから取り出そうとしたら、家に置き忘れてきたことに気づいた…。

そんなとき、どんな風に思うでしょうか?

人によっては

「あ~ぁ、今日は何をやってもダメね。ほんとついてない日」
「そういえば、今日の運勢、最悪って出てたわ」

こんなことを考える人もあるかもしれません。

「ツイてない日」は私が作る

今日は何をやってもうまくいかない日、悪い日だと決めつけてしまう、その気持ちもわかります。
ですが、本当に「悪い日」というのが決まっているのでしょうか?
この日が悪い日になったのは、運勢が悪かったからなのでしょうか?

冷静に考えてみれば明らかですが、そもそも寝坊してしまったのは、夜更かしをしていたり、目覚ましをちゃんとセットしていなかったからでしょう。
大事なものを持ってくるのを忘れたのも、ちゃんと前日に準備していなかったためです。

悪い日を作りだしたのは、自分の日々の行いなのです。
反対に良い日を生み出すのも、自分の日々の行いです。

ですから毎日が良い日になるように、日々、良い行いに努めていくことが大事だということです。

心がけ次第で「良い日」にできる!

とはいいましても、結果的に悪いことが重なる日も当然あります。
そういう日はどう思えばいいのでしょうか?

たとえば、テストや資格試験の模試の結果が思わしくなかったとか、今月の売り上げ目標にとても届きそうにないとか。
落ち込む日や辛い気持ちになるときもあるでしょう。

ですが仏教では、悪いことがおきたときも、その人の心がけ次第で良い日になるのだと言われます。
たとえテストや試験の結果が思わしくなくても、真摯に受け止めて反省し、このままではいけないと奮起するようになったらどうでしょうか?
きっと成績も伸びていき、やがて合格することができるようになるかもしれません。

そうなったとき、振り返って思うことでしょう。
あの時試験の成績が悪かったけど、おかげで本気になれた。
あの出来事がなければ今、合格できなかったかもしれないな、と。

この場合、試験で悪い成績をとったのは悪いことだったのでしょうか。
その時点だけで見れば悪い日かもしれません。
しかしもっと長い期間で見れば、本気で勉強を始めた良い日、記念すべき日と言えます。

反対にもし良い成績をとって、これでもう合格したも同然だと思い、勉強を怠けるようになったとしたらどうでしょうか?
本番で結果を出せなかったら、
こんなことならあの時、いい成績をとらなかったほうがよかったかもしれない。
あれは悪い日の始まりだった、と思うかもしれません。

まとめ

仏教では、「結果いいことがあったから良い日」とか「悪いことがあったから悪い日」ということは言いません。
日々私達がどのように思い、行動しているかが一番大事なことなのだと教えられています。

日々、自己を反省し、努力を惜しまない人は毎日が良い日となり、ひいては毎年が良い年になるでしょう。
おみくじの結果が悪かったり、厄年だからといって悲観される必要はありません。

良い日や良い年になるように、日々の行いに心がけていきたいものです。
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