日本人なら知っておきたい 意訳で楽しむ古典シリーズ #57

  1. 人生

【平家物語の人物紹介】平忠度 ~一つの歌に「生涯の思い」を込める

限られた字数で「思い」を伝える日本の文化

11月19日は俳人・小林一茶の命日です。
「やせ蛙(がえる)まけるな一茶これにあり」は、有名ですね。
この一茶の命日に入選作品を発表する「一茶忌俳句大会」は毎年開催され、今年は194回忌全国俳句大会なのだそうです。
俳句や和歌、川柳など、限られた字数で「思い」を伝える日本の文化は、大切にしたいなと思いました。

和歌に秀でた武将として知られる、平清盛の末弟・忠度(ただのり)。
その忠度のエピソードを、木村耕一著『美しき鐘の声 平家物語』から、ご紹介しましょう。

<今回の登場人物>
平忠度(たいらのただのり)……清盛の弟、和歌に優れている
藤原俊成(ふじわらのしゅんぜい)……歌人。千載和歌集の撰者
木曽義仲(きそよしなか)……源氏の武将。信濃国で挙兵

平家都落ちの時、忠度は……

「平家を打倒せよ」という、以仁王(もちひとおう)の令旨(命令書)に応えて、木曽義仲が決起しました。
対する平家は、俱利伽羅峠の戦いで、大惨敗を喫します。源氏と平家との力関係が、ここで逆転。今まで平家についていた比叡山は、源氏の義仲に味方することを決めます。
比叡山からも裏切られた平家は、一門そろって西国へ避難することを決断するのでした。

平家は都落ちしたはずなのに、忠度は、わずかな供を連れて引き返し、五条の藤原俊成の屋敷の前に来たのです。
戦時なので、門の扉は、固く閉ざされています。
門前で、
「忠度です」
と名乗ると、
「落人が帰ってきた」
と、屋敷の中が騒がしくなりました。

忠度は、馬から下りて、声高らかに言います。
「ご心配をおかけし、申し訳ありません。俊成殿に申し上げたいことがあって、忠度が帰ってまいりました。門を開けられなくても結構です。どうか、近くまでお寄りください」

俊成は、
「やはり訪ねてこられたか。その人ならば、さしつかえあるまい。門を開けよ」
と言って、忠度を中へ入れたのでした。

忠度の人生が詰まった作品集

和歌の師・俊成に、忠度は、こう言います。

「長年、歌の道をご教導いただき、ありがとうございました。ここ数年は、各地で反乱が続きましたので、お伺いすることができませんでしたが、決して、歌道を疎略にしていたのではありません。

やがて、勅撰和歌集が編纂されるとお聞きしていました。
その中に、私の歌を一首でも入れていただくことができれば、生涯の名誉になると、楽しみにしていました。ところが、戦乱が起きたために、勅撰和歌集の編纂が中止になってしまったのは、私にとって、とても大きな嘆きでした。

もはや平家の命運も尽きたと思います。やがて戦乱が終われば、再び、編纂が始まるでしょう。その際、もし、ここに持参した巻物の中に、ふさわしい歌がありましたら、お情けをかけていただき、一首でも選んでいただけないでしょうか。そうすれば、草葉の陰で、どんなにうれしく思うことでしょう」

忠度は、鎧の合わせ目から巻物を取り出して、俊成に渡しました。
都から落ちるにあたり、いよいよ最後の門出と決意した忠度は、これまでに詠んだ歌の中から百首選んで、巻物に記したのです。一つ一つの歌に、生涯の思いが込められています。歌にかけた忠度の人生が詰まった作品集なのです。

【平家物語の人物紹介】平忠度 ~一つの歌に「生涯の思い」を込めるの画像1

歌を大切にする気持ちが通じる

俊成は、巻物を開いてみて、

「このような忘れ形見を頂きましたうえは、決して、なおざりには致しません。お疑いなさいますな。それにしても、今、ここまでお越しくださった心、歌を大切にされるお気持ちに、深く感動し、感涙を抑えることができません

と、しみじみ語ったのです。

忠度は喜んで、

「今は、西海の波の底に沈むなら沈んでもよい、山野に屍をさらすならばさらしてもよい、この世に思い残すことはありません」

と言って、馬に乗り、兜の緒を締め、西に向かって進んでいきました。

俊成は、後ろ姿をはるかに見送って、たたずんでいると、馬上、高らかに吟詠する忠度の声が聞こえてきたのです。

前途程遠し、思いを雁山の夕の雲に馳す
(せんどほどとおし、おもいをがんさんのゆうべにはす)

(意訳)
行く先の道のりは、はるかに遠い。
わが思いは、これから越える雁山にかかる夕べの雲にとんでいる。

俊成は、ますます名残惜しく思い、込みあげる涙を抑えながら門の内に入ったのでした。

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歌は、受け継がれてゆく

その後、世が鎮まって、千載和歌集を編纂する時、俊成は、忠度が残していった巻物の中から、次の一首を入れたのです。

さざなみや志賀の都はあれにしをむかしながらの山ざくらかな(詠み人知らず)

(意訳)
志賀の旧都は今はすっかり荒れ果ててしまったけれども、
長等山の山桜ばかりは、昔に変わらず咲いていることだ。

忠度は、朝敵となった人なので、名前を書かず、「詠み人知らず」として入れたのです。やむをえないこととは言いながら、まことに残念なことでありました。

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(『美しき鐘の声 平家物語(三)』より 木村耕一 著 イラスト 黒澤葵)

木村耕一さん、ありがとうございました。

平家一門の都落ちの時、ひとり忠度は、和歌の師匠のもとへ出向きました。
人生の絶頂も、どん底も味わった忠度の「生涯の思い」が込められた、和歌を携えて……。

和歌の師・俊成は、忠度が歌を大切にする思いに感動します。そして、和歌の行間からあふれ出る忠度の生涯に、涙せずにおれなかったのでしょう。
俊成という知己を見出した忠度の喜びは、格別だったと思います。

古(いにしえ)の人たちが、言葉に込めた「思い」を受け止めて、共感したり、勇気をもらったりすることができる古典は、やっぱり素晴らしいですね。

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