日本人なら知っておきたい 意訳で楽しむ古典シリーズ #31

  1. 人生

【平家物語の人物紹介】歌と笛が得意な以仁王 ~「生き方の選択」を考える

<今回の登場人物>
以仁王(もちひとおう)……後白河法皇の息子
源頼政(みなもとのよりまさ)……以仁王に謀反を勧めた武将
平清盛(たいらのきよもり)……平家の棟梁
後白河法皇(ごしらかわほうおう)……天皇退位後も「上皇」「法皇」として権力を振るう

もしも、この時代に生きていたら

『美しき鐘の声 平家物語』を編集している時、「もしも、この時代に生きていたら、どんな人生だったかな?」と、思ったのです。

そのキッカケになった人物が、以仁王でした。

誰に味方するかで、運命が大きく変わった時代。自分の理想を貫いて、成功する人、つぶされる人。その時々に、力のある人について、生き延びていく人。時節をうかがい、謀反を起こす人……などなど。いろんな人生がありますね。世渡り下手な私は、調子に乗せられて、すぐに殺されてしまいそう……。

 今回は「生き方の選択」について考えさせられる、以仁王のお話を紹介します。

幸せなのか、不遇なのか

以仁王とは、後白河法皇の2番めの息子。天皇になる資格があるのに、平家の圧力で、その機会を得ることができなかった人です。
そんな不遇にも、以仁王は、いじけたり、腐ったりしませんでした。花の下で詩歌を詠んだり、月の前で笛を吹いたりして、優雅に暮らして30歳に。政界の第一線から外れていても、自分らしく、人生を楽しんでいるようです。

突然現れた、新たな選択肢

ある日、夜が更けてから、以仁王の屋敷を一人の老武者が訪れました。
源頼政(77歳)。頼政は、源氏の中でも、平家に忠誠を誓い、清盛の指示には何でも従ってきた、清盛の信頼も厚い人物です。

そんな頼政が、以仁王に、恐ろしいことを言い出しました。

「あなたは天照大神の子孫であり、神武天皇から78代にあたる方です。当然、天皇の位に就かれるべきなのに、30歳になるまで、皇太子にさえなれないことを、情けないと思われませんか。
世の中を見ますと、表向きは平家に従っているようですが、本当は皆、平家を恨んでいます。今こそ謀反を起こして、平家を滅ぼすべきです。
もし決意されて、平家打倒の令旨(命令書)をお書きくださるならば、喜んで馳せ参じる源氏は、数多くおります。
平家を滅ぼすのに、それほど日数は必要ないでしょう。私も年は取りましたが、子供を引き連れて戦います」

穏やかな毎日だった以仁王に、突然「平家打倒」という、新しい選択肢が現れたのです。

どうする? 以仁王

表舞台から消えて埋もれていた自分を、評価してくれる人物が現れると、「そうか!」と、やる気が出てきますね。ですが、源頼政からの提案は、問題が大きすぎるので、以仁王は、なかなか決断できずにいました。

ところが、評判のいい人相見から、こう言われます。
「あなたには、天皇の位にお就きになる相が出ています。天下のことを、あきらめてはいけません」

迷っていた以仁王は、人相見の言葉を信じました。
「そうか、これは、『決起せよ』というお告げに違いない」
と受け取り、平家打倒を決意します。

これが、以仁王にとって、人生最大の選択でした。

一コマ進めた途端、事態が動き出します。

4月28日。
以仁王の使者が、都を出発して、近江、美濃、尾張の源氏に、次々に「平家打倒」の令旨(命令書)を渡していきました。

5月10日。
使者は、伊豆に到着。源頼朝に届けます。
さらに、義仲へ届けようと、木曽へ向かったのでした。

早くも、謀反が発覚

以仁王が、「打倒平家」の令旨(命令書)を発行し、全国の源氏へ伝える活動は、極秘裏に進められているはずでした。ところが、熊野(和歌山)で、平家方に漏れてしまったのです。
清盛は、聞くやいなや、
「問答無用である。即刻、以仁王をからめとって、流刑にせよ」
と命じます。
相手が後白河法皇の子供であろうと、少しの迷いもありませんでした。そして清盛は、以仁王を逮捕し反乱を鎮める任務を、源頼政にも命じたのです。
まさか、この反乱の張本人が頼政だとは、清盛は夢にも思っていなかったようです。

逃げる以仁王

5月15日の夜。
以仁王は、雲間から顔を出す満月を眺めていました。

風流の中に生きる以仁王には、自分が発行した令旨(命令書)が、どんな波乱を巻き起こすのか、考えも及ばない様子です。

そこへ、頼政の使者が、書状を持って、慌ただしく駆け込んできます。
書状には、
「あなた様の謀反は、早くも露見してしまいました。役人どもが逮捕に向かいましたので、すぐにお逃げください。三井寺でお待ちしています」
と書かれています。
「えっ、どうしたらいいのだろう……」
呆然と立ち尽くす以仁王に、側近の武者は、こう勧めます。
「女装して、逃げるしかありません」

生き延びるためには、もう選択の余地はありません。

以仁王は女性が外出する時の服を着て、女性用の編み笠をかぶり、大通りを北へ向かいます。途中に、大きな溝があったのですが、以仁王は、慌てていたので軽々と飛び越えてしまいました。
通りかかった人たちは、思わず立ち止まって、
「なんて、はしたない女性だ」
と不審そうに見つめます。女装した以仁王は、一段と足を速めて逃げていくのでした。

三井寺の選択

5月16日の明け方。
ようやく三井寺へ到着しました。疲れ果てた以仁王はこう言います。
「私など、もう生きていても意味がないでしょう。それでも、やはり命が惜しいので、こうして、皆さんを頼りにして来ました」

謀反を起こした以仁王を守るということは、平家との敵対を意味します。一つ間違えば、三井寺が滅ぼされてしまうでしょう。

以仁王を守るか、否か、三井寺の僧侶たちは、選択を迫られます。

「今こそ、清盛の悪行を戒めるべき時だ!」
「きっと、仏も神も、ご加勢くださるに違いない」
と、以仁王を守ることにしました。

しかし、平家の大軍に襲われたら勝ち目はありません。
そこで、比叡山の延暦寺と、奈良の興福寺へ、協力を求めて、反平家の大寺院連合を結ぶ作戦に出たのです。

戦いが起こる

三井寺が、比叡山延暦寺へ出した書状は、握りつぶされてしまいました。
清盛が、すでに手を回していたのです。大量の米と絹を比叡山へ寄進し、三井寺に味方しないように働きかけたのでした。
比叡山からは無視されましたが、興福寺からは、協力を誓う返書が届きます。しかし応援は、まだ来ません。

5月23日、明け方。
以仁王は、馬に乗せられ、奈良へ向かいます。
しかし、三井寺を発って、宇治川を越えるまでの間に6回も落馬してしまったのです。居眠りをしてしまうのでした。以仁王にとって、謀反が発覚してからの日々は、不安で不安で眠れなかったに違いありません。あまりにも痛ましいので、宇治の平等院へ入って、しばらく休憩することにしました。

そこへ平家の大軍が追いついて、宇治橋の合戦が起こります。

宇治川にかかる橋での戦いは激しく、なかなか平等院へ攻め込めません。
平家の軍勢は、激しい水の流れの中に、次々と馬で入って、勇敢に川を渡り、平等院へ攻め込んでいきます。

以仁王は、その前に、奈良へ向かって逃げていました。
平等院では、源頼政の一族が残って矢を放ち、必死に応戦していたのです。

花も咲かずに散る命

源頼政は、70歳を越えた体で奮戦していました。しかし、左の膝を射られて重傷を負ってしまいます。次男の兼綱が、父を守ろうと駆けつけますが、十四、五騎の兵に囲まれ、父より先に討たれてしまいました。
長男の仲綱も、重傷を負って、自害して果てました。
子供に先立たれた頼政は、辞世の句を詠み、亡くなっていきました。

埋木のはな咲く事もなかりしに
身のなるはてぞかなしかりける

(意訳)
長い間、土の中に埋もれて腐りかけた木には、花が咲くことはありません。ちょうど、私の生涯も、埋もれ木のように、世にときめくこともなく、このような最期を迎えてしまうのは、悲しいことです。

源頼政は「平家打倒」という仕返しをするために、人生を費やしました。従順に清盛に仕え、忍耐に忍耐を重ねた上で、謀反を企て迎えた最期。頼政の人生は、なんだったのでしょうか……。

あっという間の人生

奈良へ逃げていく以仁王の一行は、わずか三十騎に。光明山寺(京都府木津川市)の辺りで、平家の追っ手に見つかってしまいます。
すかさず五百騎の追っ手が、以仁王を目標に、矢を射かけました。
まるで、雨が降るように、矢が落ちてきます。

逃げられるはずがありません。
以仁王の左の脇腹に、一本の矢が突き刺さり、落馬。
駆け寄った武士に殺されてしまいました。
京都からずっと、以仁王に付き従ってきた側近たちは、
「こうなったら、もう、何のために命を惜しむ必要があろうか」
と叫んで戦い、討ち死にしました。

実はこの時、奈良・興福寺の僧兵七千が、武装して、すぐ近くまで迎えに来ていたのです。
「以仁王は、すでに討たれた」という悲報に接し、僧兵たちは、涙を抑えて行軍を止めました。まことに嘆かわしいことでした。

思えば以仁王の使者が、「平家打倒」の令旨(命令書)を手に、都を出発したのは、4月28日。それから、ひと月も立たないうちに、まさか人生が終わってしまうとは……。

まさに、あっという間の人生。

人生は選択の連続ですが、たった一つの選択から、人生が大きく動きだすことがあるんですね。

以仁王は、頼政に見出され、人相見に乗せられて、謀反の道を選びましたが、それまでの歌や笛を楽しむ日々のほうが、以仁王らしく幸せだったのかもしれません。

『平家物語』の登場人物が、自分を見つめ直すキッカケになれば、これからの「生き方の選択」に役立ちそうです。

(イラスト 黒澤葵)


 

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美しき鐘の声 平家物語(二)

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木村耕一(著) 黒澤葵(イラスト)