カフェで楽しむ源氏物語-Genji Monogatari #68

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横川の僧都が登場!一命を取り留めた浮舟、人生再生のドラマ【手習の巻】

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こんにちは。国語教師の常田です。
いよいよ「宇治十帖」に「横川の僧都(よかわのそうづ)」が登場。
これまで作中に登場してきた僧侶たちとは別格の、徳も人間味もあふれる魅力的な高僧として描かれています。
モデルとなったのは、作者・紫式部と同時代に活躍していた源信僧都といわれます。
当時、仏教の本場であった中国でも絶賛された源信僧都の主著『往生要集』は、日本の貴族たちもこぞって学び、紫式部も丹念に読み込んでいたそうです。
今回は、手習(てならい)の巻のあらすじを解説します。

「命は限りなく尊い」横川の僧都の言葉

横川に高徳の僧が住んでいました。
ある日、その僧都が数人の弟子を連れ、宇治川のそばの荒れ果てた「宇治院」という邸に滞在した時のことです。

弟子の僧が、裏庭の鬱蒼とした大木の下に横たわる白い物を発見しました。
灯火を掲げて恐る恐る近寄ると、艶やかな長い黒髪の若い女が、木の根元に身を寄せて泣いているではありませんか。

「さては、狐か鬼か。化け物に違いない。これから大雨になりそうですし、やがて死んでしまうでしょう。敷地の外に出してしまいましょう」などと弟子たちが騒ぎます。
現代では考えられませんが、行き倒れの人を頻繁に見掛けた当時では、ごく当たり前の言動だったようです。

しかし、横川の僧都は弟子たちをたしなめ、

正真正銘、人間の姿をしているではないか。命ある人を見捨てる無慈悲なことがあってはならぬ。
たとえあと一日、二日の命といっても、限りなく尊いのだよ。非業の死を遂げねばならない人かもしれないが、阿弥陀仏はそのような苦悩の人をこそ必ず救うと誓われているのだ。

(人の命久しかるまじきものなれど、残りの命一二日(いちににち)をも惜しまずはあるべからず。…これ横さまの死(しに)をすべきものにこそはあんめれ、仏の必ず救いたまうべき際なり)
薬湯を飲ませて助けねばならない」

ときっぱり断言したのでした。

こうして横川の僧都のおかげで一命を取り留めた女性こそ、『源氏物語』最後のヒロイン・浮舟です。

妹尼の介抱もむなしく衰弱していく浮舟

彼女は邸内の人目につかぬ場所に寝かされます。
僧都の弟子たちは気味悪がって近づこうとしませんが、僧都の妹尼だけは”死に別れた娘が戻ってきてくれたようだわ“と喜んで、かいがいしく世話をしました。

横たわる姿はかわいらしく、白い綾織物の衣と紅の袴、衣に焚き染めた香(こう)も限りなく上品で、気高い感じがします。

「かわいそうに…宇治川に身を投げたのかしら?一体、どんな事情があったのでしょう」
妹尼が声をかけてみますが、彼女は目を開けていても、何も理解できない様子でした。

しばらくして、やっと口を開いたかと思えば、

生き出でたりとも、あやしき不用の人なり。人に見せで、夜、この川に落(おと)し入れたまいてよ
(命を取り留めたとしても、私は生きていても仕方のない見苦しい人間です。人目につかぬように、夜、川に流してしまってください)

と声も絶え絶えに言うばかりで、また気を失ってしまいます。
妹尼は薬湯を飲ませ、懸命に介抱しますが、彼女はますます衰弱していくのでした。

時を同じくして、川向かいの山荘では、光源氏の末子・薫が隠し住まわせていた女性の葬儀がひっそり行われた、ともいわれていました。

やがて、旅の途中で病になった母尼も回復し、僧都は比叡の山へ、妹尼は住まいのある「小野」に帰ることになります。
妹尼は意識の戻らぬ浮舟も小野に連れていくことにしました。

浮舟を見舞いに行く僧都

五月も半ばを過ぎ、薫が浮舟の四十九日法要を盛大に催していた頃、彼女は宇治から離れた、比叡山の麓・小野の里にいました。
横川の僧都に命救われてから二ヶ月、僧都の妹尼の懸命な介抱にもかかわらず、意識は混濁したままです。

困り果てた妹尼は、僧都に「もう一度、この女性に会いに来てください」と手紙を送ります。

「宮中からの要請も断って、比叡の山に籠もられている高僧が、素性も分からぬ女のためには簡単に下山した、となれば世間が何と言うか」

と弟子たちは心配しますが、僧都は「まあ、気にするな。齢六十を超え、女の問題で非難を受けたなら、それも私の自業自得だ」と言い放ちました。

こうして横川の僧都が見舞いに訪れて間もなく、浮舟の意識は回復したのです。

源氏物語全体のあらすじはこちら

源氏物語の全体像が知りたいという方は、こちらの記事をお読みください。


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