カフェで楽しむ源氏物語-Genji Monogatari #67

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浮舟、失踪の衝撃。悲しみに暮れる匂の宮と薫の後悔【蜻蛉の巻】

こんにちは。国語教師の常田です。
どんなことが生じても時は刻々と過ぎていきます。
人びとは己を軸に動いていくことしかできません。
今回は、蜻蛉(かげろう)の巻を解説します。

姿を消した浮舟と周囲の動揺

朝になり、宇治の山荘では浮舟の姿が見当たりません。
皆が捜し回って大騒ぎになります。
事情を知る女房たちは、ひどく物思いに沈んでいた浮舟の様子を思い出し、「さては身投げをなさったか」とはっとするのでした。

そこへ娘を案じる浮舟の母から文が届き、「明日にでもあなた(浮舟)を京に迎えましょう」とあるではありませんか。
女房は、昨夜彼女が母に書いた文を開きます。
死を覚悟した言葉に号泣するのでした。

匂の宮も、いつもと違う返信に胸騒ぎがして使者を遣わします。
使者は「浮舟が急死した」と聞くのみで戻らざるを得ませんでした。

浮舟を思う母の心中

激しく降る雨の中、「胸騒ぎがする」と浮舟の母が宇治を訪ねてきます。
事情を知る女房たちは、「母君にはありのままをお話しましょう。そして、今は世間体だけでも取り繕わないと」と話し合い、母に事の次第を伝えました。

ふびんだった娘が、薫様に引き取られ、ようやく幸せになれると喜んでいたのに…。

わが娘はこの荒々しい宇治川に身を投げたのか。

母はあまりの衝撃に、わが身が宇治川に沈んでしまいそうでした。
「せめて亡骸だけでも捜し出して葬送を…」と願います。
が、入水を世間に知られてはまずい、と女房たちは「今さら甲斐ないことです」と強く反対しました。

母や乳母が悲しみのあまり、転げまわって泣くのをよそに、女房たちは浮舟が脱ぎ捨ててあった衣や敷物を葬送の車に運び入れ、火葬にしてしまいました。
亡骸がないので、あっけなく燃え尽き、煙は消えていきました。

浮舟を失ってからの薫と匂の宮

その頃、ちょうど山寺に籠もって勤行に励んでいた薫は、葬儀のあとで事の次第を知りました。
自分に断りもなく浮舟の葬送を済ませたことに憤る一方、世間体を気にして、彼女の元を訪れようとしなかったと、深く悔やむのでした。
「大君のみならず、浮舟までも失うとは。つらい目にばかり遭うのは、無常を縁に、早く仏道一筋求めよ、との仏さまのお導きなのだろう」とひたすら勤行に打ち込むのでした。

しばらくして、薫は匂の宮を見舞います。
実は匂の宮は浮舟の訃報に接したあと、二、三日は正気をなくした状態でした。
その後も周囲には病気と見せかけ、自邸に引き籠もっていたのです。
 
薫は浮舟を奪われた悔しさを隠して平静を装います。
“匂の宮は私を愚か者だと笑っていただろう”と思いながら。

匂の宮は”薫は冷たい人間だな。悟っている人間はこんなにも冷静でいられるのか”と冷ややかな気持ちになります。
やがて抑え切れなくなった薫は、浮舟を喪った悲しみを打ち明け、泣き出してしまったのでした。

失った今になって…薫の後悔

四月十日の夕暮れには、「今日、彼女を都に迎えるはずだったのに…」と薫は一層、悲しい気分に沈みます。
庭の橘が哀愁をそそるように香り、ホトトギスが二声ばかり鳴いて空を渡っていくのが見えました。

やがて、薫は久々に宇治を訪れ、女房から浮舟失踪の真相を聞かされます。
入水自殺とは、当時の貴族の常識では考えられないことでした。
「それほどまでに苦しんでいたのか…。やはり、私の過ちで彼女を死なせてしまったのだ」

浮舟のことは、相愛しながらも結ばれなかった亡き大君の形見として求めたにすぎなかったのです。
だから浮舟と一緒にいても、薫には、そこに重ね合わせた大君の幻影しか見えていませんでした。

しかし、失った今になって、あのかわいらしかった浮舟の姿が無性に恋しい。
知らず知らず、薫の中で大きな存在になっていたのです。

薫と匂の宮、それぞれに進みだす人生

薫は、浮舟の四十九日の法要を盛大に行いました。
悲しみにくれる薫と匂の宮ですが、もともと浮気な匂の宮は、他の女性に言い寄ることが多くなります。

一方薫は、浮舟のことが忘れがたく、浮舟の遺族の面倒を見ていました。
しかし、蓮の花盛りの頃、女一の宮(正妻・女二の宮の異母姉)を垣間見て、強烈に魅了されてしまいます。

残った男たちは、各々の人生を生き続けていくのですね…。

秋になり、薫は、今没落の憂き目に遭う女人と宇治の姫君たちの境遇を重ねて、独りつぶやきます。

ありと見て 手にはとられず 見ればまた ゆくえもしらず 消えし蜻蛉 あるかなきか
(そこにいると見えていながら、手に取ることはできず、やっと手に入れたと思えば、行方も分からず消えてしまった。
まるで蜻蛉のような姫たちであったよ。あるかなきかのはかない縁だったのか)

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