日本人なら知っておきたい 意訳で楽しむ古典シリーズ #10

  1. 人生

変わりゆく季節から、人生を紐解く 『平家物語』の美しい白拍子〜祇王と仏御前

 令和になった今年も、春から夏、そして秋へと、季節は巡ってきました。
 そんな四季の移り変わりから、「すべてのものは続かない」という儚さを、昔も今も日本人は感じているようです。

 吉川英治の小説『宮本武蔵 風の巻』に登場する吉野太夫は、次のような歌を詠んでいます。

 咲きつつも
 何やら花のさびしきは
 散りなん後を
 おもふ心か

 吉野太夫は、和歌、舞、書、茶の湯、囲碁、双六、香道など、教養と技芸のすべてに優れ、美貌も抜群。
 大名や公家、大富豪が集まる華やかな世界で、称賛を一身に集めていました。
 まさに花盛り。散ることなど無い「花」のように思われます。
 しかし吉野自身は咲き誇る花の最中に、「花は必ず散る時が来る。散った後はどうなるのか」さみしい心を素直に詠んだのでした。

この幸せが続きますように

『平家物語』は、平清盛の全盛期から語り始められます。
 その象徴のような、美しく可憐な白拍子・祇王御前は、物語の冒頭に登場しています。
 祇王は17歳の時に、平清盛の屋敷を訪れます。
 天女が羽衣をまとったような美しさは、武者の多い邸内で、輝きを放っていました。
 清盛はひと目見るなり、祇王に惚れ込んでしまい、そのまま屋敷にとどめてしまいます。その代わりとして、祇王の母に、立派な家を造って与え、毎月、百石の米と百貫の金銭を贈り続けたのでした。
 貧しかった祇王の家族は、一躍、裕福になり、楽しい日々を過ごすようになりました。

キラリと光る新人

 それから3年ほど後、キラリと光る新人の白拍子が現れました。
 加賀国の出身で、名は仏御前。
 都では、
「これまで白拍子はたくさんいたが、こんな上手な舞は見たことがない」
と、仏御前の人気は高まる一方です。
「はたして、清盛殿に見初められた祇王と、どっちが上手だろうか」
と、ウワサは尽きません。
 仏御前は、
「この国を動かしている清盛殿に評価されなかったら、一番とは言えない」
と思い立ち、美しく粧って、平家の屋敷へ向かったのです。

移ろいやすい人の心

 清盛は、仏御前に、「今様(歌)を一つ、歌ってみよ」と上座から命令します。

 君をはじめてみる折は
 千代も経ぬべし姫小松
 御前の池なる亀岡に
 鶴こそむれいてあそぶめれ

   あなたと初めてお会いして、私の命は千年も延びるでしょう。
   庭の池にある島に、めでたい鶴が群がり遊んでいるようです

 澄み切った声が、広間に響きわたります。
 仏御前は、3度、繰り返し歌いました。
 シーンと静まり、誰の耳にも、心地よい余韻が残ります。
 彼女を見る、清盛の目が変わってきました。
「そなたは、今様が上手だな。舞もきっと素晴らしいだろう。誰か鼓を打て。仏御前の舞を見ようではないか」
 舞こそ、仏御前の得意中の得意。鼓に合わせて、艶やかに舞い始めました。その美しい姿には、16歳の少女とは思えない気品があります。
 恍惚とした顔つきで見入っていた清盛は、仏御前に、この屋敷にとどまるよう命じます。祇王から仏御前へ、完全に心が移ってしまったのです。

いつか終わる日が来る、
けれど、それが今日だなんて

 祇王は、いつか、こういう日が来ることは覚悟していました。
 しかし、まさか今日が、その日になるとは夢にも思っていなかったのです。
 清盛から、「早く出ていけ」と、しきりと催促が来ます。
 彼女は、自分に与えられていた部屋を片付けていました。
 旅の途中で出会った人と、木陰で一緒に休んだり、川の水をすくって飲んだりしただけでも、別れる時には寂しさが込み上げてくるものです。
 まして、3年もの間、住み慣れた屋敷を追い出されるのは、名残惜しいだけでなく、恨みや悲しみが込み上げ、涙が止まりません。
 祇王は、襖に一首の歌を書いて出ていきました。

 萌え出ずるも
 枯るるも同じ野辺の草
 いずれか秋に
 あわではつべき

   新しく芽を出す草も、枯れていく草も、同じ野原の草です。
   やがて秋になれば、枯れてしぼんでいくのです

あなたも、いずれは……

 祇王が去ったあと、襖に残された歌を見た人たちは、しんみりと考え込んでしまいました。
「萌え出ずる草」とは仏御前、「枯るる草」とは祇王自身を例えています。
「青々と勢いよく伸びる草花も、やがて茶色に変わって枯れていきます。私にも、その時が来たのです」と無常の世を悲しんでいるのです。
 また、「いずれか秋に」の「秋」には「飽き」の意味がかけられていますので、「仏御前よ。あなたもいずれは、私と同じように飽きられて、捨てられるのですよ」と言い残していったのです。

 祇王が残した襖の歌に、仏御前は「まことの言葉だ」と、感じ入るようになりました。
 今の状態が続いて欲しい、けれども、止まることはできない。
 萌え出ずる草も、やがて秋になれば、枯れてゆく……。
 季節が巡るように、私の人生も進んでゆく……。
 この現実を知らされた、仏御前は、それから、どう生きたのでしょうか。
 仏御前の胸の内は、『平家物語』に描かれ、今も語り継がれています。

美しき鐘の声  平家物語(一)

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木村耕一(著) 黒澤葵(イラスト)

美しき鐘の声 平家物語(ニ)

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木村耕一(著) 黒澤葵(イラスト)

美しき鐘の声 平家物語(三)

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木村耕一(著) 黒澤葵(イラスト)

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