大切なモノひとつ~線維筋痛症を乗り越えて #2

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日本の慢性疼痛の対策は遅れている。闘病で大切なのは、信じ理解してくれる人の存在

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24時間、痛みと共に生活することを想像できますか?

医学生時代に自分が線維筋痛症だと知り、治療をしながら医療現場で働いています。

皆さんは、「24時間痛みと共に生活するということ」の想像ができますでしょうか?

ちょっと指先を紙で切っただけでもチリチリ痛くて、何をするにも不便だったりしますよね。

線維筋痛症の痛みは、割れたガラスが血管を通っていくような、まるでナイフで刺されたかのような、「鋭くて強い痛み」と隣り合わせの毎日です。

鈍痛のときもありますが、痛みがないときは基本的にありません。

体幹部だけではなく、人それぞれではありますが、細部に至る所にまで痛みが現れます。

痛くて爪が切れずに伸びたままになってしまったり、手のひらや指先が痛くて物がつかめなかったりします。

握手が痛い、頭を撫でられるのも痛い、ということがあります。

痛みは全身に及ぶため、いわゆるケガの痛みとは全く違います。

重症の線維筋痛症患者の痛みは、末期がん患者の痛みに匹敵するといわれています。

遅れている日本の慢性疼痛対策の中で

近年は緩和医療というものが充実してきており、がん患者さんには、がんと診断されたときから精神的なサポートを含め、全人的な痛みに対する緩和医療が提供されるようになってきました。

ところが、線維筋痛症を含む慢性疼痛疾患を取り巻く日本の現状は、世界的にも大変遅れていて、医師も慢性疼痛に対する知識があまりありません。

慢性疼痛患者は労働年齢者にも多く、痛みのために社会復帰できない人が、実はたくさんいます。これは国にとっても非常に不利益なことです。

最近では、慢性疼痛対策が国の方針の一つに掲げられるようになり、遅れている痛みの治療に国が本腰を入れ始めました。

現在は慢性疼痛治療の過渡期に来ていると思います。

ほとんどの医師は、慢性疼痛に対する教育を受けていないまま医師になりましたし、適切な医療が受けられる環境が、まだまだ少ないのが現状です。

こういった医療界の背景もあり、痛みを抱えた患者さんは、この先進国日本の中で迷子のように彷徨ってしまっているのです。

夜景

闘病で大切なのは、信じ理解してくれる人の存在

私が線維筋痛症だと気づいたのは、大学5年生の夏の終わりでした。

寝ていたところ、腰回りのピリピリとした肌が焼けるような痛みで目が覚めました。

初めは「帯状疱疹かな?」と思って数日様子を見ていたのですが、皮疹が出てくることもなく、痛みも左右対称で、どんどん広がっていきました。

1カ月もしないうちに下半身を中心に痛みが強くなり、あっという間に階段を上ることができなくなってしまいました。

身の回りに医師はたくさんいましたが、なかなか答えにはたどり着くことができませんでした。いろいろな検査をしましたが異常はなく、月日だけが経っていきました。

「気のせいじゃないか」とか「筋肉痛だろう」という医師もいる中、私の言葉を信じてくれた医師がいてくれたことは大きな支えでした。

なにより、一番近くで支えてくれた母の存在は大きかったです。

痛みは目に見えません。

しかも私の痛みは、骨折など見るからに痛そうなものではなく、見た目は普段どおりなのですから、「嘘を言っている」と言われてしまえばそれで終了なのです。

でも、母は信じてくれました。夫も痛みに寄り添って理解してくれました。

信じてくれる人、理解してくれる人の存在は、闘病の過程で非常に大切だと思います。

影法師

「痛みは目に見えない」からこその苦しみ

慢性疼痛の中でも、線維筋痛症は、現在の病院でできる普通の検査では異常が見つかりません。

最新の機械で一部異常が認められるようになってきていますが、臨床的な検査ではありません。

痛みは目に見えない障害です」。まったく、そのとおりだと思います。

目に見えないから存在しないのではなく、今ある検査で異常がないから病気がないのでもなく、患者さんが困っているということは、何か問題があるということでしょう。

痛みが出てから約2カ月。

教科書やインターネットで調べ、私は「筋筋膜疼痛症候群」ではないかと思うようになりました。

たまたま専門としている医師が隣県にいることが分かり、早速受診したのですが、そこで自分が線維筋痛症であったと知ることとなったのです。

一人で苦しまないで。分かってくれる人は必ずいる

今、私は慢性疼痛に関して、病名というものにあまりこだわりを持ってはいません。

筋筋膜疼痛症でも線維筋痛症でも、治療は同じですし、一般的な慢性腰痛や肩こりだって、根本的には同じです。

ですが、病名を与えられたことにより、当時の私はとてつもない安心感を得たように思います

分からない、分からない、と言われ続けると、自分がおかしいのではないかと思えてきます。

本当は自分の気のせいなのではないかとか、精神的なものなのではないかとか、疑心暗鬼になっていました。

しかし、病名があるということは、同じような症状を持っている人が、ほかにもいるということです。

そういった意味で、非常にほっとしたのを覚えています。

今、痛みで苦しんでいる方や、そのご家族の方も、本当に先が見えず辛い思いをされていることと思います。

下を向いている方も、どうか一緒に少しでも空を見上げて顔晴り(がんばり)ましょう。

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