幸せへの一歩は運のせいにしないことから #4

  1. 人生

納得できない不幸にどう対処する?見えない「原因」を突き止めるブッダの教え

毎日を頑張っている中で、ふとした瞬間「ハズレくじを引いちゃった…」と落ち込むような、理不尽なトラブルに遭うこともありますよね。

今回は、「どうしてこんなことに?」という答えの出ないモヤモヤを軽くするための考え方をご紹介します。

表面的な出来事の奥にある「本当の理由」に気づくことで、イヤな気持ちもとスッと解消できるかもしれません。

※この記事では、来年1月下旬に発売予定の新刊『幸せへの一歩は運のせいにしないことから』(伊藤健太郎 著)を特別にお読みいただけます。

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幸せへの一歩は運のせいにしないことから

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不幸が来た時、「全て、自分の悪い行為の結果だ」と、認められないのはなぜか

自因自果(自業自得)とは、自分が過去にやった行為(業)を原因とし、それにさまざまな縁(間接的原因)が重なり合って、果報(運命)を受けるということです。

しかし、そう聞いても、不幸や災難が来た時は、それが自分の悪いタネまきの結果とは、なかなか認められないでしょう。

自因自果に例外があるように思うのは、因と縁を正しく区別していないからです。

因と縁を正しく区別する

例えば自分が優先道路を走っていた時に、細い横道から、交通法規を無視した車が、一時停止もせず突っ込んできたとします。

こういう場合、相手が飛び出したという行為が、私の災難の原因のように思われますが、その考えは正しいでしょうか。

知人が帰宅途中、横道から飛び出した自転車をはねてしまった時、「あそこは誰も通らないのに、なんで、あの時だけ」と悔やんでいました。
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交通事故が多いのは、自宅周辺といわれます。

「もうすぐわが家」という安心と、「この道の状況はよく分かっている」という油断が、事故を誘発するのでしょう。

たとえ横道から車が現れても、「信号のない交差点は危険だ」と注意している人なら、衝突は防げたかもしれません。

もし、「車が飛び出す」という原因一つで、私の身に「事故」という結果が降りかかったのであれば、私の前や後を走っていた車も、同じ運命を受けたはずです。

しかし実際には、私だけが事故に遭っています。他の人にはなかったものが、私だけに、あったのです。

私と全く関係のないことが、私に起きるはずがないでしょう。

私しか持たない原因があったから、私だけが、ちょうど車が飛び出してくる時に、その場所を通らなければならなかったのです。

だからブッダは、自因自果に例外はないと説いています。

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この場合も、私の過去の行いが因で、そこに無謀な運転手という悪い縁が結びついて、事故という悪果が現れたのです。

飛び出したドライバーが、私の災難の「因」ではないからといって、無罪なのではありません。

悪い縁になったのですから、処罰されるのは当然です。

こんな事故が繰り返されないよう、危険運転を厳しく取り締まって、悪い縁を減らす努力をしなければなりません。

しかし私の事故の「直接の原因」は、私の過去の業だとブッダは説いているのです。

「本当の原因」が目に見えるとは限らない

業の力は、見ることも触ることもできませんから、それが事故の真因だとは、なかなか思えないでしょう。

しかし運命のことに限らず、本当の原因が目に見えない事例は、いくらでもあります。

例えば、熱いコーヒーを膝にこぼして火傷をしたとします。

火傷の原因は「コーヒー」だともいえますが、もしこのコーヒーが、ホットでなくアイスだったら、火傷はしなかったでしょう。

だから本当の原因はコーヒーそのものではなく、目に見えない「熱」なのです。

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このように何事も、真の原因が目に見えるとは限りませんから、現象の表面だけ見ていては、正確な因果関係は分かりません。

先の交通事故でいえば、誰の目にも明らかな原因は、飛び出した車です。

しかしそれは、直接の原因ではありません。

悪果が現れるのを補助する、間接的な原因であって、悪い「縁」なのです。

目に見えない過去の業こそが、幸福や不幸を生み出す直接の原因だと教えるのが、自因自果の道理です。

幸せを求めながら、苦悩が絶えないのは、苦しみの因果関係を正しく知らないからだと、ブッダは教えています。

苦しみはつねに因縁からおこる。そのことわりを観ないものだから、それによってひとは苦しみに縛られている。
(『ウダーナヴァルガ』)

運命の因果を知ることが、幸せの第一歩なのです。

(本記事は『幸せへの一歩は運のせいにしないことから』より一部抜粋しました。)

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「因果の道理が分かれば、心が変わります。心が変わってこそ、現実が変わるのです」。

理不尽とも思える“人生のしくみ”をやさしく解き明かし、読者からは「運命は自分で切り開いていくものだと分かった」「ずるい人が得をする世の中で、信念を持って生きられそうです」など、多くの感動の声が寄せられています。

不運は、嘆くものではありません。理解し、乗り越えていくものです。

『幸せへの一歩は運のせいにしないことから』──。

一歩、また一歩と踏み出した人には、輝く未来が広がっているにちがいありません。

※本書は、平成27年に刊行された『運命を切り開く因果の法則』を加筆修正して、再編集いたしました。