過剰適応からの回復は「頑張りすぎるのをやめて、自分を大切にすればいい」という簡単なものではありません。
「自分を大切に」と、頭ではわかっていても、葛藤で苦しむ人がほとんどです。
🔵 「頑張りすぎ」をどう変えていけばいいかわからない……
🔵 今のままでいいとは思わないけれど、やめられない……
🔵 そもそも自分は頑張れていない……
では、過剰適応から抜け出すためにはどうすればいいのでしょうか。
前述の、自律神経系の新たな考え方であるポリヴェーガル理論を参考に考えてみたいと思います。
「ポリヴェーガル理論」についてはこちら
📝今回のワークシートには「心の蓋を開けるためのトレーニング」がございます。自分の心と相談しながら、出来る範囲で取り組んでみてください。(編集部より)
安全こそが治療
ポリヴェーガル理論を提唱したポージェス博士は「安全こそが治療である」とくり返し強調しています。
過剰適応の回復・治療の方針は、一言でいえば「社会交流モードの回復」です。
私たちは環境(他者)に安全・安心を感じるほど社会的につながりやすく、逆に社会的につながれているほど安全・安心を感じやすくなります。
反対を考えてみると、環境が危険だと感じるほどつながれず孤立・孤独を感じ、孤立感が深まるほど周囲が危険ではないかと不安を感じやすくなります。
「苦悩は孤立を生み、孤立は苦悩を深める」ともいわれます。
人は安全な環境でなければ、自分らしくいられません。
自分らしさがわからないとしたら、それは安全な環境で過ごせていない(過ごせなかった)のでしょう。
危険を感じる中では、常に緊張・警戒し、自分を守るのに半ば自分の意志とは関係なくエネルギーを割かざるを得ません。
落ち着いていられないのも当然です。
そこで、まずは安全とは何かについて確認してみましょう。
安全な環境とは?
まずは、安全な「環境」についてです。
悪口や攻撃してくるような人から距離をおくことはもちろん、光や音、においなども影響します。
ちょうどいい(心地よい)と感じる感覚は、人によっても違いますし、体調や心の余裕の程度によっても変わってきますが、安心する環境とは、「(強すぎない)やわらかめの刺激」と「見通し(ある程度の予測可能性)」だと言えるでしょう。
例えば、次のようなものです
- 原色よりもパステルカラー(淡い色)
- まぶしくない(ちょっと暗い)
- 暖色系
- 間接照明
- 低い単調な音ではなく、(機嫌がいいときのような)抑揚のある、高めの声
- 波の音
- 鳥のさえずり
- 一定のリズムを奏でるヒーリングミュージック
- 車内
- トイレ
- (室内)テント
- カーテンの裏などの(一人になれる)狭い空間
基本的には、自分のタイミングで出入りできる、突然誰かが入ってこないと思えることが安心・安全のために必要
刺激がない環境は作れませんが、少しでも心地よい刺激に囲まれるような工夫をできるといいですね。
不安は「不快」のタネ
一方で、サバイバルモードのような、余裕がなく不安な時は、(危険をいち早く察知するため)不快な感覚に過敏になり、ちょっとした音にも怯え、人目が怖く感じ、触れられることも不快に感じやすくなります。
普段は気持ち良いと感じるマッサージさえ、くすぐったくて受けられないということもあるのです。
低い音や声(空調や機械の音、男性の声など)が恐ろしく感じやすくなるのも特徴です。
トラの唸り声のように、怒ったり不機嫌になったりすると人も声のトーンが低くなるからでしょう。
また、人が多いところも不安になりやすくなります。
人が多いとそれだけ、どんな人がいるか、いつどこに(自分を悪く思う)知り合いがいるかわかりません。
「目は口ほどにものをいう」とも言われるように、特に視線を怖く感じやすく、目を合わせたくなくなります。
そんな時は一人でまったりできる空間を確保することが大切です。
あるいはぬいぐるみと目を合わせることから始めるのも、視線に慣れる一つの手段です。
3段階の心理的な安全
次に、心理的な安全について、3段階に分けて考えてみましょう。
- てがたい安全
- ゆらげる安全
- ひろがる安全
1.てがたい安全
安全の第1段階は、「てがたい安全」です。
不安が強いとき、自信が持てないときに、できるだけリスクを避けて、安全な場所を確保しようとするのは、自然なことです。
過剰適応や、サバイバルモードにあるときは、自分を守ろうと手堅い判断をしたくなるのは当然な反応です。
失敗しないこと、嫌われないことなど、「とりあえず大丈夫」と思える状態を大切にすることでもあります。
この段階では、警戒心が強いために「ひと」にも安全を感じにくく、「困ったことがあれば何でも言ってね」と優しくしてもらっても、心を開くことは容易ではありません。
そのため、ほんの少しだとしても「今すでにある自分なりの安全」を大切にし、つながれる人とだけつながり、社会交流モードの回復を意識していく段階です。
これは、今がどんな状態であれ「現状を肯定する」ということです。
「そんなの、自分を甘やかしているだけなんじゃ…」と受け入れがたいかもしれません。
ここでいう「現状を肯定する」とは、無理に変わろうとしない、ということです。
良い方向へ変わることであっても「変わる」ということは「今のままじゃだめだ(現状を否定する)」というニュアンスが生まれがちです。
しかし、「自分でも今のままでいいとは思わないし、変わりたいと思うけど、だけど変化を起こすだけの気力がわかない」という葛藤で動けなくなることもあります。
今そういう状態ということは、必ずそうなるに至った理由や事情があるはずです。
理由無しに不安が強まったり、自信が持てなくなることはありません。
自分でも思い当たることがなく、「そういう性格だから」と割り切ろうとしている人もありますが、物心つく前に十分に安心感を育めなかったのかもしれません。
そう振り返るのが大切なのは誰かの責任を問うのではなく、自分を責めないためです。
そして、安全確保のためとはいえ、自分を抑えて周りに合わせることは、必ずしもラクではなく、窮屈でもあります。
過剰適応は、あくまで「適応するため」の反応であり、なまけや勇気のなさなどではありません。
生き延びるために必要な戦略として、自律神経系が反応していることは前回の記事で書いた通りです。
このような「てがたい安全」を選ぶことも、決して間違いとか弱いということではなく、「少なくともその時の自分にとってはしんどい状況を乗り越えるためには適応的な反応であった」ということです。
同時に、安全な環境を整えるという意味でも、周囲の人からも「疲れたときは休んでいいんだよ」と承認を得ることも大切です。そう言ってもらえてはじめて休めるという人も少なくありません。
2.ゆらげる安全
第2の安全は「ゆらげる安全」、リスクを一時的に享受する「遊びのある安全」とも言われます。
この段階は、気を張って緊張していたのが、少し緩んで、ちょっと遊べる、動ける、楽しめるようになってくる時期です。
リスクを回避する安全ではなく、少しリスクはあっても、何かあればまた安全基地に戻れる(休める)という見通しが持てる状態でもあります。
「ゆらぐ」とは、ちょっと動いてみる、いつもと少し違うことをしてみる、しんどいけれどもつらい過去をちょっと振り返ってみる、葛藤や矛盾した気持ちと向き合ってみる、などのことです。
自分を抑え、シャットダウンしていた感覚や感情を、少し振り返ってみる。
あるいは、「いい子」「優しい人」でいることを、ちょっとやめてみる。
ポイントは「ちょっと(ずつ)」です。
このとき、「自分を抑えて、周りに合わせる」という過剰適応の考え方を反対にしてみるだけでも、印象が変わってきます。
例えば「不満だけど、自分が我慢すればいい」という気持ちを、「自分は我慢していたけど、不満だった」と言い直してみる。
前者は、自分の気持ちを抑えて考えないようにしていますが、後者は建前の裏にある自分の気持ちに焦点が当たります。
それだけでも、少しガス抜きできる感じがしないでしょうか。
「休みたかったけれど、周りに迷惑をかけるから休めない」は、「周りに迷惑がかかると思って休めなかったけど、本当は休みたかった」
「泣きたいくらいつらかったけど、弱音を吐くなんて許されない」は、「弱音を吐くなんて許されなかったけど、泣きたいくらいつらかった」
過剰適応が当たり前になっていると、多くの場合「考えないようにする」という形で気持ちを抑圧しています。
そのため、「あえて言葉にしてみる」だけでもちょっと気持ちが吐き出せると思います。
ただ、それは閉じていた蓋を開けることにもなり、気持ち(怒りなど)が抑えられなくなるようで怖いと感じることもあるかもしれません。
そういうときは、信頼できる人、気持ちを受け止めて安心させてくれる人に聞いてもらいながらがよいと思います。
あるいは無理せず、振り返らずにそっと蓋をしたままにしておくのも一つです。
その場合は、心を動かすのではなく、身体を動かすことで、心と体をゆるめるのも一つです。
心がこわばると身体もこわばります。そんなときは、身体をゆるめることで心がゆるむこともあります。温泉やマッサージ、ストレッチや軽い運動など、自分に合った方法を探してみてください。
3.ひろがる安全
第3の安全は「ひろがる安全」です。
自分の気持ちに気づけて、少しずつ自分の気持ちを大切にできるようになってきます。
すると、相手に合わせすぎることなく、自分の気持ちを相手に伝えられるようになってきます。
そして、自分の気持ちを受け止めてもらえる経験が積み重なると、「自分の意見を言ってもいいんだ、大丈夫なんだ」と思えるようになってきます。
自分の気持ちを人に伝えられるようになると、相談ができるようになってきます。
困ったときに頼れるようになると、少しずつ世界が広がってきます。
つながれるようになると、他人の考えに触れる機会も増えてきます。
「こんな風に悩むのは自分だけじゃないのか」
「困ったら助けを求めれば助けてくれる人はいるんだ」
など、つながることで安全を感じやすくなってきます。
まとめ
そもそも、人は一人では生きていけず、助け合わなければ何もできません。
『子育てハッピーアドバイス』の重要なキーワードは、「甘え(依存)」と「自立」であるように、甘えなくして自立はあり得ないのです。
ポリヴェーガル理論が教えてくれるのも、自律神経から見ても、人にとって「つながり・甘え・依存」は生きるために必須であり、安全を感じられないと身体が健全に働かないということです。
社会(複数の人)の中で生きていくためには、「周りに迷惑をかけないように自分のことは自分でできる力」よりも、「周りの人たちと助け合いながら、安心してつながれる関係性」が大切なはずです。
「困ったときはお互い様」
「情けは人の為ならず」
(巡り巡って、人を助けた徳は自分のためになる)
自分の心が安定せず、「ちょうどいい」がわからないくらい極端な反応が起きてしまうのは、かなり無理を重ねてきたからであり、人間の身体(神経系)にとって当たり前の状態ではないからです。
ストレスがかかると、様々な段階的なストレス反応・防衛反応があるのと同じように、そこからの回復にも段階があります。
安全にも段階があり、それはまた、状態に応じて頑張り方にも段階があるということです。
ぜひ、今の自分にとってちょうどよい頑張り方、休み方を探してみてください。