推しが見つかる源氏物語 #4

  1. 人生

六条御息所は娘思いの母親だった!光源氏へ託した最後の願いとは

前回から、『源氏物語』の登場人物・六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)について紹介しています。

光源氏の愛人であった六条御息所は、一般的に「嫉妬深く、物の怪になって光源氏の妻たちにとりついた怖い人」というイメージを持たれています。
前半の記事では、彼女の心情を中心に、何があったのかを見ていきました。

前回の記事をまだお読みでない方は、こちらからお読みいただけます。

今回は、六条御息所の嫉妬深い、怖いイメージを変える、良き母親としての一面を紹介していきます。

六条御息所は娘思いの母親だった!光源氏へ託した最後の願いとはの画像1

六条御息所の2つの魅力

まず、六条御息所の印象的な場面について見ていきましょう。
彼女の特徴は大きく2つあります。

➀光源氏が恋した教養とセンス

六条御息所を語る上で欠かせないのは、彼女の教養の深さとセンスです。
『源氏物語』に登場する女性たちの中で、御息所以上の人はいないのではないでしょうか。

光源氏は、のちに六条御息所とのことを振り返ってこのように言っています。

…御息所が何気なく筆を走らせた一行くらいの、何でもないものを手に取った時、抜きん出て上手な筆跡だと思った。

【原文】
御息所の、心にも入れず走り書いたまえりし一行<ひとくだり>ばかり、わざとならぬを得て、際ことにおぼえしはや。

文字が上手に書けることは、すべての教養の高さを示すもの。
光源氏はこの出来事をきっかけに、7歳年上の六条御息所に恋心を抱き、真剣に猛アタックをするようになったのです。

また、ある大きな事件を起こし、光源氏が須磨(兵庫県)で謹慎になった際には手紙を送っています。
手紙の筆づかい、選ぶ言葉は誰よりも優れ、歌も墨の濃淡みごとにしたためました。

こういったセンスの良さから、光源氏は六条御息所に対して「話をしていて一番おもしろい」と感じていたようです。

➁光源氏を憎み切れない愛情の深さ

正妻・葵の上が亡くなったあと、今度こそ御息所が源氏の正妻になるのではと世間で噂され、女房(お世話する人)たちも期待しました。
しかし、かえって源氏の足は遠のき、まったく冷たい態度でした。

御息所には理由がわかるので、彼への未練を断ち切って娘と一緒に伊勢(三重県)に行くことを決意します。
ところが、御息所の考えを知った光源氏は名残おしくなって、心のこもった手紙を何回か送ってくるのです。

そんな晩秋、光源氏が御息所のところに訪ねてきました。
来ても逢うまいと思っていた御息所ですが、冷たい態度をとり続けるほど強くはありません。
ため息をつきながら、ためらいがちに出ていきます。

一方で源氏も縁側に上がってきます。
光源氏は泣き出しました。その姿を見て、六条御息所の恨みも消えていくようです。

ゆっくりと物悲しく空が明ける頃、立ち去りがたい源氏は歌を詠みました。

暁の 別れはいつも 露けきを こは世に知らぬ 秋の空かな
あなたと別れる夜明けはいつも涙に濡れていました。しかし今朝の別れはかつてなかった悲しい秋の空です

御息所も歌を返します。

おおかたの 秋の別れも かなしきに 鳴く音な添えそ 野辺の松虫
ただ秋が過ぎるというだけで人は悲しくなるのに、野辺の鈴虫よ、そんなふうに鳴かないで

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どれだけ冷たくされても、思いを断ち切れない心情があらわれています。
嫉妬深いイメージの六条御息所ですが、裏を返せばそれだけ光源氏を愛していたということでしょう。

光源氏へ託した娘への思い

六条御息所は、このあと娘について伊勢に行き、6年が過ぎたころ娘とともに都に戻りました。
彼女はかつて住んでいた家を修理して、優雅に暮らし始めます。
趣味の良さは変わらず、すぐれた女房、風流な貴公子たちが集う素敵なサロンの場となっていました。

光源氏は何かと見舞いをしてくれ、これ以上ないほどの世話をしてくれます。
御息所は、「今さらよりを戻してつらい思いをしたくない」と、彼のことは考えないようにしていました。

そんな折、御息所は急に重い病にかかったのです。
彼女は心細くなり、また今までの行いを振り返って恐ろしくなり、出家しました。

光源氏は驚いて挨拶に来ます。
彼の心のこもった言葉を聞き、激しく泣く姿に、御息所も胸がいっぱいになって、一人娘のことを頼みます。遺言でした。
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…すべてがしみじみと胸に迫り、娘の今後のことをお願いなさる。
「…ほかにお世話を頼める人もなく、この上もなく、かわいそうな境遇です」

【原文】
…よろずにあわれにおぼして、斎宮の御ことをぞ聞こえたまう。
「…また見ゆずる人もなく、たぐいなき御ありさまになん」

ただ、恋人扱いはしないように釘を刺すことも忘れませんでした。

「…苦しかった私の人生で考えても、女は思いもよらぬことで悩みを重ねるものですから、どうか娘にはそんなつらい思いをしないでもらいたいと思っています」

【原文】
「…憂き身を抓みはべるにも、女は思いのほかにてもの思いを添うるものになんはべりければ、いかでさるかたをもて離れて見たてまつらんと思うたまうる」

自分がつらい思いをしただけに、よけいに娘の幸せな人生を願わずにいられなかったのでしょう。

まとめ:恋に生きた六条御息所、母としての顔

六条御息所は女性読者の中では共感度ナンバー1、と言われています。
しかも読者が人生経験を重ねていくにつれ、共感度は増していくようです。

さまざまな悩みを抱える中で、光源氏の教養の世界を最も理解して愛したのが六条御息所でした。
ただ、恋愛に一途になりすぎるあまり、娘のことがおろそかになってしまったところもあるのではないでしょうか。

母として、娘にしてやりたかったことがもっとあったに違いありません。
最後の最後で、「自分のようにはならないでほしい、娘に幸せに生きてもらいたい」と願っていたのが印象的でした。

六条御息所の娘は、のちに秋好中宮(あきこのむちゅうぐう)として登場します。
母の願いを受け、彼女がどのように生きたのか、いずれ紹介したいと思います。

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さて、続いて登場するのは、中流階級の女性・空蝉(うつせみ)です。

彼女は、光源氏に初めての失恋を経験させた女性として知られています。
光源氏を拒んだのには、大きく2つの理由がありました。

空蝉についてお知りになりたい方は、こちらの記事をご覧ください。


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