日本人なら知っておきたい 意訳で楽しむ古典シリーズ #52

  1. 人生

歳の差は、なんと50歳! でも遊ぶ時は、心が一つになるのです 〜『方丈記』に見つけた小さい秋

『方丈記』に見つけた小さい秋

秋といえば、食欲の秋。みなさんは、秋の味覚を楽しまれたでしょうか?
先日、銀杏(ぎんなん)揚げをいただきました!
新鮮な銀杏は、揚げると、とっても綺麗なグリーン色になるんですね。まるで、翡翠(ひすい)のような美しさに、うっとりしました。口に入れると、そこは、もう秋♪ おいしい秋の風味を満喫しました。

『こころに響く方丈記』を編集した時も、小さい秋を見つけたんです。
『方丈記』とは、鴨長明さんが、58歳の時に、挫折と絶望の連続だった一生を振り返って書いたもの。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」の有名な書き出しで始まり、前半部分は、当時、京都で起こった五大災害を克明に記しています。続いて、理不尽なことに耐え忍んできた、長明さん自身の生い立ちが告白され……。

58歳の時に振り返って書いたとは思えないほど、リアルな描写に驚きました。
それほど、つらく、苦しく、忘れられない、大変な思いをされたのでしょう。
長明さんの人生を知ると、「今の私の悩みなんて、チッポケだ、頑張ろう」と元気をもらえました。

そんな暗い旋律で流れてゆく『方丈記』の中に、穏やかな「小さい秋」を見つけたのです。
木村耕一さんの意訳でどうぞ。

山の中での生活は、四季折々の楽しさがある

方丈庵のある山のふもとに、一軒の小屋があります。
この山の管理人が住んでいます。そこに、小さな男の子がいて、時々、私の所へやってくるのです。
することもなく退屈な時は、この子と一緒に付近を散歩して遊ぶことにしています。彼は10歳、私はもうすぐ60歳。その年齢には大きな差がありますが、遊ぶ時は、心が一つになるのです。
ある時は、山菜を摘んだり、木の実を採ったりします。例えば、チガヤという春の野草の、花の芽を抜き取って食べると、柔らかくて甘いので、子供は喜びます。
ある時は、稲刈りが済んだあとの田んぼへ行き、稲穂を何本か拾ってきて、農家の人が稲を干す真似をして遊びます。

天気がよい日に、山の頂上に登って、懐かしい都の空や、連なる山々を眺めるのは気持ちがいいものですよ。
遠くへ行きたい気分になれば、峰づたいに、名所、旧跡を訪ねて歩きます。帰り道には、その季節によって、桜や紅葉を眺める楽しみがあります。山菜や木の実を持ち帰って、仏さまにお供えしたり、土産にしたりすることもあります。(中略)
山の中の景色、味わいは、このように四季折々で変化に富み、その素晴らしさを、とても書き尽くせるものではありません。

(『こころに響く方丈記』より 木村耕一 著 イラスト 黒澤葵)

心に残る場面を、本の帯に

木村さん、ありがとうございました。
この小さな男の子とのシーンは、『方丈記』の中で、平和で、穏やかな印象を受けます。
山の中での遊びに、歳の差は関係なし。
楽しんだり、味わったり、感動したり、心が一つになる幸せは、格別ですよね。

男の子と長明さんとが、意気投合しているこの場面が、とても心に残ったので、『こころに響く方丈記』の帯に、2人のイラストを入れました。
2人のうれしそうな表情に、ほっこり、心が温まるようです。

食欲の秋の次は、読者の秋。
秋の夜長に、一度は読みたかった古典を味わうのもいいですね。


意訳とイラストでよくわかる!
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