認知症の心の世界と認知症ケア #5

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認知症の「被害妄想」にどう向き合う?①攻撃性の裏にある本当の気持ちとは

認知症のさまざまな症状の中でも、「被害妄想」は介護の側にとっては特に理解のし難い症状ではないでしょうか。

「こちらは一生懸命、介護をしているのに、人を悪者呼ばわりするなんて!」と怒りの気持ちも出てくるかもしれません。

「被害妄想」はなぜ起こるのか、どのような特徴があるのか。また妄想にはどう対応すればいいのか、精神科医にお聞きしました。

認知症初期(健忘期)の特徴的な症状の一つが「妄想」です。

妄想にもいろいろなタイプがありますが、認知症の場合は「被害妄想」になりやすいといわれます。どんな「被害」を訴えるかにも特徴があります。女性に多いといわれる「物盗られ妄想」、男性に多い「嫉妬妄想」などです。

なぜ認知症になると、このような症状が現れるのでしょうか。またどのように対応すれば、妄想の症状はよくなるのでしょうか。「物盗られ妄想」を中心に説明します。

妄想の原因:「現実」と「想像」の区別ができなくなる

妄想とは、「訂正できない誤った確信」のことをいいます。なぜ認知症になると「誤った確信」をしてしまいやすいのでしょうか。

これは、記憶力、判断力、状況を認識する力などが低下して、「現実」と「想像」の区別がつきにくくなるためだといわれます

直前のことを忘れてしまうと、過去と現在が上手くつながらず、今考えていることが「(過去起きた)現実なのか想像なのか」わからなくなります。

そのため、何かを無くしたときに「もしかして誰かが持っていったのか?」と思って、それが「誰かに盗られたのかも」に置き換わってしまう。

そして目の前にいる人を見て「この人が盗んだに違いない」と、さらに想像がつながっていくのです。

「誰かにとられたのかも」と思ったとしても、普通は「いや、やっぱり違うかも」と他の可能性を考えます。他人を責める前に、まずは自分なりに思い当たることを考えてみたりもするでしょう。

しかし脳の働きが低下して頭がまわらなくなってしまうと、そもそも「いろいろ考える」ことが難しくなり、妄想が生じやすくなるのです

この場合、対応方法としては、「一緒に探す」ようにしてみることをお勧めします。

「お前が盗んだ」という言葉は「大切な〇〇がなくなって困っているんだけど、あなた知らない?」と翻訳して解釈してみましょう

失くしたものが見つかれば、一件落着することもあります。

物盗られ妄想の特徴①「自分の非を認めず、他人のせいする」

しかしモノが見つかっても終わらない場合があります。

「こんな所に隠していたのか!」と、一緒に探した親切を仇で返すような言葉が返ってくることもあります

こんなことを言われたら、ショックですよね。なぜそんな“かわいくない”ことを言うのでしょうか?

認知症になると、何か失敗があっても、自分の非を認められなくなることが多くなります
できていたこともできなくなり自信を失っている中で、自分が失敗した(失くした)と認めることは、更に自分を追い込むことになるからです。

逆に考えると、「妄想」とは、思うようにならない現実の中で、なんとか「しっかりしよう」と本人なりに頑張っている表れといえるのかもしれません。だからこそ、できるだけ失敗は認めたくない、となってしまうのです

ですから、失くしたものが見つかったのに「こんな所に隠して!」ときつい言い方をされた場合も、その言葉を真受けにする必要はないのです

対応としては、相手の言葉を否定もせず、言葉の裏の気持ちに寄り添うように「見つかってよかったね」などと声をかけてみてはいかがでしょうか。

物盗られ妄想の特徴②「身近な人が標的にされやすい」

妄想にはもう1つ、理解しにくいことがあります。

物盗られ妄想では、嫁や娘など身近で、一番お世話になっている人達が標的(犯人)にされやすい、という不可解なことが起きます

なぜよりによって身近な人、世話をしてもらっている人を攻撃するのでしょうか。

このような症状が現れる人は、家族から「この人は昔からこういうところがあったんですよ」と思われている場合が少なくありません。それは、世話をするのは好きだけど「世話をされるのは苦手」ということです

「頼りたいけど、頼るのはイヤ」という矛盾した想いがあるのです。認知症の“困った症状”の多くは「あなたの世話にはならない」と強がってしまう人に生じることが多く、しかし内心では「頼りたい」という心細さが隠れているのです

子供に対して

「せっかく育ててやったのに、何もしてくれない」

「私を見捨てるつもりなら、こっちにも考えがある」

と、すがりたいけれども素直になれず、イヤミを言われることもあるかもしれません。

しかし攻撃性の裏に、すがるような思いがある一つの証拠に、物盗られ妄想が落ち着くと一転、妄想対象だった人が最も頼りにされることが少なくありません。

 

次回は、これらの被害妄想の特徴を踏まえ、「一方通行にならない」をテーマに、適切な認知症ケアをご紹介します。

まとめ

  • 認知症にみられる妄想の原因は、記憶力や判断力などの低下により「現実」と「想像」の区別がつきにくくなるため、といわれます
  • 物盗られ妄想の1つ目の特徴として「自分の非を認めず、他人のせいにする」ことがあります。それは裏を返すと「しっかりしよう」という本人なりの頑張りの表れ、ともいえます
  • 2つ目の特徴は「身近な人が標的にされやすい」こと。世話好きだが世話をされるのはイヤな人が「あなたの世話にはならない」という強がりから生じることが多いですが、内心では「頼りたい」という心細さが隠れています
  • 対応方法として「一緒に探す」こと。またきつい言い方をされたときはその言葉を真受けにせず「見つかってよかったね」と声をかけることが有効です

 

参考文献

・佐藤眞一著(2012年)「認知症『不可解な行動』には理由がある」SB新書

・小澤勲著(2003年) 「痴呆を生きるということ」岩波新書

・三好春樹著 他(2012年)「完全図解 新しい認知症ケア 介護編」講談社

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