推しが見つかる源氏物語 #13

  1. 人生

母になった藤壺の大きな変化!わが子を守るための2つの行動を解説

前回から藤壺についてご紹介しています。
藤壺は、光源氏の人生に大きな影響を与えた女性です。

人にとって母親の記憶はとても大切なものですが、幼くして母を亡くした光源氏にはまったく記憶がありません。
その心の空白は、藤壺を母のように慕うことで埋めていったのでしょう。

光源氏の思いはやがて恋慕へ変わり、藤壺は彼の勢いに押し負けてしまいます。
源氏との不義密通で、生涯苦しみを背負うことになりました。

経緯については、こちらの記事で詳しく紹介しています。

悩む藤壺も、子どもが生まれてからは、たくましく賢く行動します。
今回は、藤壺の母としての顔を見ていきましょう。

母になった藤壺の大きな変化!わが子を守るための2つの行動を解説の画像1

桐壺院との別れ

藤壺が27歳の時にはすでに、桐壺帝は次の帝に位を譲り、桐壺院と呼ばれていました。
今までとは違う場所で暮らし、二人でのどかな日々を送っていましたが、翌年、桐壺院が病に倒れてしまいます。

東宮(とうぐう:皇太子)となり、藤壺たちと離れて暮らしていた我が子が見舞いに訪れました。
父である桐壺院を恋しく思っていたようで、いじらしいほど会えたことを一心に喜んでいます。

当然、東宮は藤壺と光源氏の関係を知りません。
隣で藤壺は泣いていました。複雑な思いがあったことでしょう。

やがて桐壺院は亡くなります。
藤壺と光源氏は何も考えられないほど、誰よりも深く悲しみました。
四十九日の法事のあと、藤壺は実家に帰ることになります。

桐壺院が亡くなった後、天下は、新しい帝の母である弘徽殿大后や祖父・右大臣の思うままになっていきました。

藤壺がわが子を守るためにした2つの選択

藤壺は光源氏との秘密が表沙汰になることを最も恐れています。
東宮になったわが子のためにも隠しとおさねばなりません。
しかし、光源氏はなおも藤壺への想いを止められないようです。

彼を拒絶するにも、光源氏は息子の後見人で、関わりを絶つことはできません。
桐壺院が亡くなった今、頼りになるのは光源氏だけですから、無下に扱って後見をやめられても困ります。

では、藤壺はどのように動いたのでしょうか。
2つの場面を見ていきたいと思います。

➀強い意志で押しとどめる

ある日突然、光源氏が再び藤壺の寝所に忍び込んできました。
藤壺は彼が入ってこないように戸締りにも気を付けていましたが、よほど慎重に計画したらしく、気づいた女房もいませんでした。
 
源氏は言葉を尽くして思いのありったけを訴えるものの、藤壺は隙なく冷たくあしらいます。

そうしているうちに、藤壺は体調が悪くなり、胸を詰まらせて苦しみだしました。
実家では大騒ぎになり、さまざまな人が出入りしているうちに日が暮れてきて、彼女の容態も落ち着いてきます。

見つからないように隠れていた光源氏は、そっと出てきて藤壺を見つめます。
悩ましげな美しさに更に惑わされ、藤壺を引き寄せました。

藤壺が上の着物をするりと脱いで逃げようとすると、髪の毛までつかんできます。
しかし、それでも藤壺は折れず、光源氏を押しとどめたのです。

わが子・東宮を守るためには絶対あってはならないという藤壺の覚悟が通じたのでしょうか。
以前は流されてしまった藤壺も、母となり意思が強くなったようです。

源氏は帰る前に歌を詠みました。

逢うことの かたきを今日に 限らずは 今幾世をか 嘆きつつ経ん
(逢うことがいつまでもこんなに難しいならば、この先幾世も生まれ変わりつつ嘆き暮らすことでしょう)

藤壺はため息をついて、

ながき世の うらみを人に 残しても かつは心を あだと知らなん
(永遠に私を恨むと言われましても、一方、そんな心はすぐに変わるものだと承知してください)

と返すのでした。

➁出家してしまう

この出来事のあと、光源氏は自宅に引きこもってしまいます。

世間から不審に思われ、光源氏との秘密が露見すれば、藤壺も東宮も終わりです。
光源氏に分からせねば…と藤壺は悩みました。

また、我が子の後見人である源氏に自分のことで絶望して出家されるのも困ります。
それなら自分が出家するしかない、と決意するのでした。

当時は出家をすると、たとえ夫婦であっても男女関係を断ち切るものでした。
さすがの光源氏も、出家した人には手が出せません。

わが子にはそれとなく出家の話をします。
出家すれば、髪も短くなり薄墨色の着物を着ることになります。何よりも、更に会う機会が少なくなるのです。

藤壺は話しながら泣いてしまいます。
東宮も「長い間会えないと恋しくなってしまうのに」と涙をこぼすのでした。
源氏からの手紙は、普通の用件や東宮に関する件にかぎって返事をするのでした。

藤壺は東宮との別れが名残惜しく、多くのことを話して聞かせます。
東宮はあまり真剣に聞いていないらしく、藤壺は気がかりでたまりません。
ただ、いつもなら早くに眠るのに、今日は母が帰るまでは起きていよう、と思っているようでした。

******

1か月ほどして、藤壺主催の法要が催されました。
その時に彼女は出家を断行します。

周囲には出家をする素振りも見せていなかったので、皆が驚き大騒ぎになりました。
誰もが涙で袖を濡らして帰っていきます。
源氏は衝撃を受けて茫然とするばかりで、しばらく言葉も出ないのでした。

やや落ち着いた後、藤壺と光源氏は歌を詠み交わしました。
源氏は、

月のすむ 雲居をかけて したうとも この世の闇に なおやまどわん
(今宵の月のように、澄んだ出家の境地を慕っても、私はやはり、子のいるこの世の煩悩に迷うことでしょう)

と言わずにいられません。
藤壺は、次のように返しました。

おおかたの 憂きにつけては いとえども いつかこの世を 背き果つべき
(世のはかなさを知らされて出家しましたが、一体いつ、子のいるこの世の執着を断ち切ることができるでしょうか)

母になった藤壺の大きな変化!わが子を守るための2つの行動を解説の画像2

藤壺の光源氏への想い

次の年の夏、光源氏は、帝から最も寵愛を受けていた右大臣の娘・朧月夜(おぼろづきよ)と密会しているところを、右大臣に目撃されてしまいます。
密会騒動については、こちらの記事で紹介しています。

朧月夜の父である右大臣も、長姉で帝の母である弘徽殿大后も激怒しました。
とくに弘徽殿の怒りはすさまじく、光源氏の追い落としを考えはじめます。
この一件により、光源氏は須磨(兵庫県)で謹慎することを決めました。

藤壺は出家の身ではあるものの、内々で始終、光源氏に見舞いの使者を送ります。
源氏は、出家前にこのような情けを見せてくれていたら、と悩まずにいられません。

須磨に出発する前日、藤壺の元へ光源氏が挨拶に来ました。
どちらも悲しくつらい思いです。
藤壺にすれば、わが子・東宮の後見である光源氏が都を去るわけですから、東宮の将来が気がかりでたまりません。

しばらくして、須磨にいる光源氏から手紙が届きました。
藤壺は彼の身の上をずっと心配していたことでしょう。

松島の あまの苫屋も いかならん 須磨の浦人 しおたるるころ
(尼のあなたはいかがお過ごしでしょうか。須磨の浦に侘び住まいする私は涙に濡れております)

藤壺にしても、光源氏は因縁の深い男性であり、うわべだけの気持ちではとてもいられません。
今までは世間の噂が気がかりで、あえて無愛想な態度で接してきたのです。

塩垂るる ことをやくにて 松島に 年ふる海士<あま>も なげきをぞつむ
(涙に濡れるのを仕事にして、尼の私も嘆きを重ねております)

と返しました。

わが子が冷泉帝として即位

何年かして、光源氏はようやく都に戻れることになりました。
その後、藤壺の産んだ東宮が冷泉帝として即位します。

後見人である光源氏が須磨・明石にいる間、我が子が東宮の座から降ろされるのでは、という不安がありました。
実際、右大臣側は策略をめぐらせていたようです。

息子が光源氏と顔がそっくりなのにはいたたまれない思いでも、無事に帝として即位し、藤壺は安堵したことでしょう。
政権も右大臣側から源氏側に移ります。

藤壺は女院として上皇に準じる立場で、勤行や善行を日々の仕事にしています。
今は思いのままに、わが子・冷泉帝のいる宮中に出入りできるようになりました。

冷泉帝との最後の面会

しばらくして、光源氏を長年支えてきた太上大臣が亡くなりました。
同じころ、藤壺は病に臥せるようになります。
次第に症状は重くなり、果物さえも口にできない状態でした。

見舞いに来た冷泉帝には、

「あなたとゆっくり昔話などしたいと思っていましたが、できぬまま今日まで過ごしてしまいました」

と弱々しく話します。
冷泉帝はまだまだ若く美しい母の姿に、いっそう惜しくも悲しくも思いました。

藤壺は心の中で、短い人生を振り返ります。

帝の娘に生まれ、后となり、帝の母となって…。女性として、並ぶものがない栄華に彩られた人生だった。一方で、苦しいことも人並み以上だった。

【原文】
高き宿世<すくせ>、世の栄えも並ぶ人なく、心のうちに飽かず思うことも人にまさりける身とおぼし知らる。

我が子は実の父が光源氏であると知らないことも気の毒に思います。
冷泉帝はしきたりがあるので、ほどなく帰らざるを得ませんでした。

光源氏との別れ

源氏に対しては、藤壺は苦しい息の下から、息子の冷泉帝を後見してきてくれた礼をかすかに発します。

「長年、身にしみてありがたく思っていました。何かの折に感謝の気持ちをと考えていましたのが、今となれば無念です」

返事のできない源氏は泣き出してしまいます。
ようやく藤壺に語りかけました。

「太政大臣が亡くなったことだけでも、世の中の無常迅速を知らされ辛いのに、藤壺様までこのようになられて、どうしてよいかわかりません。私もこの世に長くはおれぬ気持ちがいたします」

光源氏が話している最中、藤壺は灯火が消え入るように息を引き取りました。

藤壺はあまねく世の人々に心をかけていた人だったので、どの人も、事情を知らない山伏(やまぶし)までもが死を惜しんだのです。

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まとめ:完璧だった藤壺の悩み多き一生

藤壺は完璧な女性で、なおかつ可憐さが魅力でした。
しかし子どもを産んでからは、たくましい女性に変わっていきます。
いつの時代も母は強し、ですね。

光源氏との微妙な関係の中で立ち回り、わが子を守り切ったのは藤壺の強さと機転があればこそでしょう。
無事にわが子が帝になるところまで見届けられて、安心したことと思います。

一方で、罪の意識に苦しみ続けた人生には考えさせられるものがありました。
順風満帆に見える人も、藤壺のように見えないところで悩み苦しみを抱えているのかもしれません。

******

さて、藤壺に並々ならぬ想いを寄せる光源氏は、彼女の姪・紫の上(むらさきのうえ)と出会います。
紫の上は「源氏物語の女主人公」とも言われる存在で、名前を知っている方が多いかもしれません。

次回は、光源氏と長年連れ添う間柄となる紫の上についてお話ししましょう。
紫の上の記事はこちらからご覧いただけます。

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