カフェで楽しむ源氏物語-Genji Monogatari #72

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紫式部が「源氏物語」を書いた理由とは?浮舟に込められた作者の理想

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こんにちは。国語教師の常田です。
「カフェで楽しむ源氏物語」もついに最終回です。
式部がなぜこんな長編小説を書いたのか、とても気になりますね。
当時は少しずつ書いて、周囲の人たちに読み聞かせ、反応を受け止めながらまた、書いていったようです。
まずは、物語を書こうとなるきっかけがあり、やがては長編を書き進められる好条件に恵まれ、また人々に語りたい深い思いがあったからに違いありません。

浮舟に自らを重ねた紫式部

この連載では、『源氏物語』五十四帖の大筋をお話してきました。

紫式部はなぜこの物語を書いたのでしょうか。
結婚して三年足らずで、夫が疫病のために世を去り、大きな衝撃と絶望の中、心の支えとして書き始めたとも言われます。

それがやがて好評を博し、時の権力者・藤原道長の娘の女房に引き抜かれてからは、強力な後ろ楯である道長の栄華を描くように要求されたことでしょう。
しかし、主人公の光源氏がこの世の絶頂を極めたあとから出家を決意するあたり、また「宇治十帖」に至っては、式部の思想や人生観が強く打ち出されているように思います。

物語の最後のヒロイン・浮舟は、学問もなく、実父にも認められず、周囲に翻弄されてきた女性です。
身投げにより一度は捨てた人生が、横川の僧都との出会いによって再生され、仏法へと導かれていきます。

そして、経済的基盤を持たない浮舟が、母や薫といった自分を庇護してくれる人たちとの関係を断ち切ってまで出家。
さらには還俗を迫られ、恩愛の情に煩悶しながらも、意志を貫いたことは、それだけの覚悟で仏道を求めていくことを意味しています。

このような浮舟の姿に、紫式部は理想の自分を重ねたのではないでしょうか。

富と名声を得ても満たされない心

式部は学問、教養もあり、当時の一流の文化人たちからも『源氏物語』が高く評価されて、名声も経済力もありました。

ところが本人は、どれだけ富と名誉を得ても、苦しみを感じていたようです。
それは彼女自身が編纂した歌集『紫式部集』の歌から読み取れます。

“心だに いかなる身にか かなうらん 思い知れども 思い知られず”
(私のような者の心は、どんな身になれば満足できるのか。何を得ても満足できないと分かっていても、求めてしまって苦しむことだ)

また、幼くして母を亡くし、その後も姉、親友、夫との死別を経験し、人の世は儚いもの、と知らされていました。
歌集の中に収められている次の歌にもその心が表れています。

“亡き人を しのぶることも いつまでぞ 今日のあわれは 明日のわが身を”
(亡き人を悲しみ慕うのもいつまでか。今日の人の死は、明日のわが身に訪れることなのに)

死んでいくのに、なぜ生きる…。
答えを求めて仏門を志していた紫式部でしたが、物語の中で、光源氏や薫がそうであったように、彼女もまた、さまざまなしがらみで仏法一つとなれない心に悩んでいたのです。

横川の僧都のモデル・源信僧都

その彼女が、熱心に読み込んでいたといわれるのが、当時の貴族の間で大ブームになっていた『往生要集』でした。
横川の僧都のモデルになった高僧・源信僧都の著作です。
横川の僧都によって浮舟が救いへと導かれたように、式部も、源信僧都を心の灯りとしていたのでしょう。

源信僧都が明らかにされたのは、「阿弥陀仏の救い」でした。
紫式部日記』には、

“人、というともかくいうとも、ただ阿弥陀仏(あみだぼとけ)にたゆみなく、経をならいはべらん。”
(世間の人々があれこれと非難してくることがあっても、私はただ阿弥陀仏一仏に向かって、ひたすら教えを学んでまいります)

とあります。

「源氏物語」に描かれた人間の真理とは

五十四帖もの長編小説を書いた紫式部は、「物語とは、人間のまことを描くもの」と考えていました。
それは作中に、主人公・光源氏の言葉として登場します。

「これらにこそ道々しく詳しきことはあらめ」
(物語にこそ、まことのことが詳しく書けるであろう)〈螢巻(25帖)〉

彼女が『源氏物語』に描いた人間の真理とはなんでしょうか。
老若男女、賢愚美醜、富める人も不遇の者も、どんな地位にある人でも、切実に幸せを求めて生きながら、しかし、誰もが等しく苦しんでいる、ということではないでしょうか。
それらを描きながら「生きる意味」を追い求めたと思わずにいられません。

“いずくとも 身をやるかたの 知られねば うしと見つつも ながらうるかな”(紫式部の自撰歌集・最後の歌)
(どこに向かって生きればよいのか、私は知らない。分からず苦しむまま生き永らえていることです)

浮舟の姿や『紫式部日記』の言葉から、作者がこのための人生だったと言えるもの、光を求めて生きていたことが知らされます。

こちらの記事では、『源氏物語』の魅力について解説しています。

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