日本人なら知っておきたい 意訳で楽しむ古典シリーズ #55

  1. 人生

『徒然草』からの生きるヒント 〜本を開くと、まだ見ぬ古の人と、心の友になれます(徒然草 第13段)

11月1日は本の日

11月1日は「本の日」。
いわれは、数字の「111」が本棚に並ぶ姿に見えるから、なのだとか。
1冊の本との出会いによって、心が癒やされたり、悲しみを慰められたり、一歩を踏み出す勇気をもらったりした経験はないでしょうか。
「本」について、兼好さんの思いがあふれている『徒然草』の第13段を見つけました。
木村耕一さんの意訳でどうぞ。

本を開くと、まだ見ぬ古の人と、心の友になれます

(意訳)
日が暮れると、明かりをともして、独りで本を開く……。
なんて、すてきな時間でしょうか。
たとえ話し相手がいなくとも、古(いにしえ)の、まだ見ぬ人たちと、心の友になることができるのです。

(原文)
ひとりともしびのもとに文をひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、
こよなう慰むわざなる。(第13段)

(解説)
『徒然草』は、ただの「つぶやき」「エッセー」ではありません。兼好法師が、過去何千年にもわたる中国、日本の名著をよく読んで、共感したこと、教えられたこと、そのエキスを、自分の文章に織り込んでいるのです。だから、一見、さりげなく書かれていることも、奥が深く、私たちの心を引きつけるのです。

『徒然草』からの生きるヒント 〜本を開くと、まだ見ぬ古の人と、心の友になれます(徒然草 第13段)の画像1

(『こころ彩る徒然草』より 木村耕一 著 イラスト 黒澤葵)

千年も万年も読み継がれる!

木村さん、ありがとうございました。
兼好さんは、たいへんな読書家だったのですね。

読み継がれてきた古典の名著のエキスを、兼好さんが『徒然草』の文章に織り込んでいたとは、驚きました。そうして、千年、二千年、三千年と、生きるヒントや、人の思いが、バトンリレーのように伝わってきているのですね。

千年も万年も読み継がれる! そんな願いを込めて……、その願いを社名に込めたのが「1万年堂出版」です。
おかげさまで、11月1日で、創立20年を迎えました。
私たちが発刊した最初の本は、『光に向かって100の花束』(高森顕徹著)でした。
この本は、古今東西の、失敗談、成功談などから、元気がわくエピソードを集めた100のショートストーリー集です。
その中でも、一番人気の「この柱も痛かったのよ うるわしき母子」をご紹介しましょう。

ある車中での出来事

かつて講演にゆく、車中での出来事である。
ちょうど車内は、空席が多く広々として静かであった。ゆったりとした気持ちで、周囲の座席を独占し、持参した書物を開いた。

どのくらいの時間が、たったであろうか。
読書の疲れと、リズミカルな列車の震動に、つい、ウトウトしはじめたころである。
けたたましい警笛と、鋭い急ブレーキの金属音が、夢心地を破った。
機関手が踏切で、なにか障害物を発見したらしい。
相当のショックで、前のめりになったが、あやうく転倒はまぬがれた。
同時に幼児の、かん高い泣き声がおきる。

思わぬほのぼのとした情景

ななめ右前の座席に、幼児を連れた若い母親が乗車していたことに気がついた。
たぶん子供に、窓ガラスに額をすりつけるようにして、飛んでゆく車窓の風光を、楽しませていたのであろう。
突然の衝撃に、幼児はその重い頭を強く窓枠にぶつけたようである。子供はなおも激しく、泣き叫んでいる。
けがを案じて立ってはみたが、たいしたこともなさそうなので、ホッとした。
直後に私は、思わぬほのぼのとした、心あたたまる情景に接して、感動したのである。

この柱も痛かったのよ

だいぶん痛みもおさまり、泣きやんだ子供の頭をなでながら、若きその母親は、やさしく子供に諭している。

「坊や、どんなにこそ痛かったでしょう。かわいそうに。お母さんがウンとなでてあげましょうね。でもね坊や、坊やも痛かったでしょうが、この柱も痛かったのよ。お母さんと一緒に、この柱もなでてあげようね」

こっくりこっくりと、うなずいた子供は、母と一緒になって窓枠をなでているではないか。
「坊や痛かったでしょう。かわいそうに。この柱が悪いのよ。柱をたたいてやろうね」
てっきり、こんな光景を想像していた私は赤面した。
こんなとき、母子(おやこ)ともども柱を打つことによって、子供の腹だちをしずめ、その場をおさめようとするのが、世のつねであるからである。

苦しみに出会ったとき

なにか人生の苦しみに出会ったとき、苦しみを与えたと思われる相手を探し出し、その相手を責めることによって己を納得させようとする習慣を、知らず知らずのうちに私たちは、子供に植えつけてはいないだろうか、と反省させられた。

三つ子の魂、百までとやら、母の子に与える影響ほど絶大なものはない。
相手の立場を理解しようとせず、己だけを主張する、我利我利亡者の未来は暗黒の地獄である。
光明輝く浄土に向かう者は、相手も生かし己も生きる、自利利他の大道を進まなければならない。
うるわしきこの母子に、〝まことの幸せあれかし〟と下車したのであった。
(『新装版 光に向かって100の花束』高森顕徹(著)より)

光に向かって

すてきな母子に、感動しました。

苦しい時、苦しみを与えたと思う「犯人探し」をして、勝手に仕立て上げた「犯人」を責めることで、落ち着こうとしているな……と反省します。しかし、それでは余計イライラしたり、鬱々としたりして、いつまでも心は重い感じがします。

苦しい時でも、相手の立場を理解しようとすると、「あー、そういう気持ちは分からないでもないな……」と、相手を責める気持ちが少しずつ和らぎ、怒りで沸騰していた血圧も下がってくるようです。そして、自分も楽になるから、不思議ですね。

また、腹が立っている時に、誰かに自分の気持ちを聞いてもらうと、言ったほうはスッキリすると思います。
しかし、聞かされたほうはモヤモヤっと、不愉快な気持ちになってしまうことも……。

そんな時は、人ではなく、本を友にしてはいかがでしょうか。
本の中に、自分の気持ちとぴったりな言葉や、苦境を抜け出すヒントが見つかるかもしれません。

秋の夜長、兼好さんのように、ひとり、本を開くのもいいですね。

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お近くの書店や、弊社(TEL: 03-3518-2126)、
または、思いやりブックス(本の通販)に
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