カフェで楽しむ源氏物語-Genji Monogatari #53

  1. 人生

【源氏物語 椎本の巻】薫や匂の宮からの手紙…父・八の宮を亡くした娘たちの悩み

こんにちは。国語教師の常田です。
世の出来事を見聞して無常を感じるのと、肉親を亡くして知らされのには天地雲泥の差がありますね。
宇治の山荘の姉妹もそうでした。
今回も椎本の巻(しいがもとのまき)を解説します。

唯一の支え・八の宮を亡くした姉妹

幼い時に母と死別し、今また唯一の支えであった父を亡くした姉妹は、何の分別もつかぬ有り様です。
薫の他には懇ろな弔問を寄せる人もありません。

八の宮の葬送は、師である阿闍梨が、生前の約束どおりに粛々と執り行いました。
父の臨終にも会えず、亡骸と対面することもできなかった姫たちの孤独や悲しみは秋の景色とともに深まるばかりです。

この世の無常を見聞きし、儚いものと感じてきたけれども、頼り切っていた父の命もまた、こんなに儚いものだったとは…。
いつまでも闇夜に迷う気持ちです。

匂の宮と手紙のやり取りをするも…

そうして四十九日が過ぎた頃、薫の親友・匂の宮から姫たちの元へ長い手紙が送られてきました。
綿々と恋情がつづられ、「あまり返事がないのもどうか」と添えられています。

春頃から届くようになった匂の宮の文には、いつも妹・中の君が返事を書いていましたが、父の死後は、硯を押しやって泣き崩れるばかりです。
しかたなく姉の大君(おおいぎみ)が代筆しました。
匂の宮からすぐさま歌が返ってきましたが、今度は大君も返事を出しませんでした。
あまりに積極的な匂の宮に、世慣れぬ大君は恐ろしさすら覚えたからです。

匂の宮と対照的に、薫の文はいつも生真面目でした。
宇治の山荘にも遠路はるばる訪ねてきます。
父在世中の厚意を知る大君は、都の大貴族である薫との、あまりの境遇の差に気後れしながらも、悲しみをこらえて懸命に応対しました。

薫や匂の宮からの猛アピール

その年の暮れにも、薫は訪ねてきました。
降り積もる雪を踏み分け、わざわざさびれた山荘に足を運んでくれる彼の好意に大君は感じ入り、心を込めて敷物や火鉢を用意しました。

ところがこの日の薫は少し様子が違います。
「匂の宮はプレイボーイとの評判ですが、心底は情け深い人間なのです。彼をよいとお思いなら、できる限りのお世話をしましょう」
と匂の宮と中の君との縁談を持ちかけてきたうえ、

つららとじ 駒ふみしだく 山川を しるべしがてら まずやわたらん
(氷が張り詰めている所を馬が踏み砕いて通るような山川、そんな手ごわい恋路ですが、匂の宮の道案内をしながら、まず私があなた<大君>の元に渡ることにしましょうか)

と恋情を訴えかけてくるではありませんか。
煩わしく思った大君は、気づかぬふりをして話をそらすのが精一杯でした。

突然の貴公子たちの猛アピールに閉口する姫たちは、「なぜこんなにも恐ろしく、情けない思いをしなければならないのか」と途方に暮れます。
今は風の音さえも荒々しく聞こえ、何でもない人が訪ねてきてもドキリとします。
生まれてこのかた平穏無事に過ごしてこられたのは、父の愛情と庇護に抱かれていたからこそ、といまさらながら父の恩を強く知らされるのでした。
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