歴史が面白くなる新感覚クイズ 歴シル! #8

  1. 人生

「吉法師」は誰の幼名? 武将の名前の秘密を大公開! 知るべき教養が身につく歴史クイズ【答え編7】

2人の歴史ナビゲーターがおくる新感覚歴史クイズ「歴シル」!

手軽にサクッと学べる13問のクイズを解き終えるころには、あなたも立派な戦国通です!

ナビゲーター紹介

長宗我部元親
名前の読みかたは「ちょうそかべもとちか」。
四国・高知県の戦国武将。戦国時代をクールに分かりやすく解説する。
リン
都内の大学に通う明るく元気な1年生。歴史はくわしくない。元親のことをチカさんとよんでいる。

今回のクイズはこちらです!↓↓

    1. 【Q7】武士は成人すると、大人としての名前を名乗る。子どもの頃の名前を「幼名(ようみょう)」というが、「吉法師」と名乗っていたのは次のうち誰?

      A・豊臣秀吉
      B・織田信長
      C・徳川家康
      D・毛利元就

まだテストしていない人はコチラから!

「元服」したら一人前! 何才からが大人?

  1. 正解は「B・織田信長」だ!

 

  1. えぇっ!? 吉法師って信長さんのことなの!? 意外っていうか、なんか全然イメージ変わる~

  1. ふむ、戦国武将の名前の秘密を紹介しよう!
    まず男には大人になるための通過儀式があった。これを「元服(げんぷく)」という。元服を済ませると、大人の仲間入りだ。元服ははっきり何才と決まってるわけじゃなく、だいたい15才くらいで、となってたんだ。

  2. 女の子の結婚も13~15才っていってたし、早いわね。成人式で振り袖は着たいけど、まだ大人にはなりたくないな。

  1. なんでだ?

  2. だってまだ働きたくないし、学生の方が気楽よ。

  1. 現代に生まれてよかったな。成人が早いから小さい頃からいろんなことを身に着けようとて忙しくてな。元服と同時に、大人としての名前を名乗る

  2. 大人としての名前? 芸名みたいなもの?

  1. 芸名じゃないよ、本名が変わるんだ。子どもの頃の名前と、大人になってからの名前が別でね。信長さんなら、「吉法師」から「信長」に名前を変えた。元服するまでの名前を「幼名」というぞ

  1. わたしならリンじゃなくなるってこと? なんか不思議な感じ。

*チカさんのひとこと解説*

幼名について、信長さんは息子たちに聞いてびっくりのDQNネームをつけている

○長男…「奇妙丸」
「変なヤツ」の意。えっ?^^; 生まれたわが子を見て「変な顔」とでも思ったのか?

○次男…「茶筅(ちゃせん)丸」
茶筅とは茶道で用いる道具のこと。信長の茶道好きが高じてなのか、はたまた顔のパーツが茶筅に似ていたのか……。

○五男…「於坊(おぼう)」
坊は「男の子」という意味。つまりわが子に「男子」とつけたことになる。はっ?^^;

○九男…「人」
もうどうでもよくなったのか、これ?

気づいてる人もいると思うが、武将の名前は「徳川家康、家光」「足利義満、義政」など一族で似ている。これは各家ごとに「代々この字を受け継ぐ」という字があるんだ。
徳川家なら「家」、足利家なら「義」、織田家なら「信」、伊達家なら「宗」だ。この受け継がれる字を「通字(つうじ)」というぞ

(例)
「親」 長宗我部国親 ー 元親 ー 信親
「元」 毛利弘元 ー 元就 ー 隆元 ー 輝元
「宗」 伊達稙宗 ー 晴宗 ー 輝宗 ー 政宗

また家来の証しとして、主君から名前を一字もらうこともよくあった。主君からすれば「きみ、僕の家来だよね?」という念押しの気持ちだったろう。上の伊達家ならそれぞれ、将軍・足利義稙、義晴、義輝からもらったものだ。(政宗が登場する頃にはすでに足利幕府が滅びていたのでなし)

  1. 「人」って……これ絶対いじめられるパターンでしょ……あ、チカさんだ! 親(ちか)が通字だったのね。

  1. そうだ。ちなみに息子の信親の「信」は信長さんからもらった

  2. えっ!? そこつながりあったんだ、びっくり! あれ?毛利家だけど、元就さんだけ「元」の字が前にきてるのね。何か理由があるの?

  1. よく気がついた! 毛利家は仕えていた大内家の当主から代々一字をもらっていたんだが、主人からもらった字を後ろにつけるのは失礼という考えから、必ず前にもってきたんだ。伊達家もそうなってるだろ。元就さんは次男坊だったから主人から一字もらっていないからだよ。

  2. なるほど!おもしろい!

    1. ちなみに、各地の大名は自分の権威を高めるため将軍家に近づいて一字もらうことがよくあった。将軍にしても自分の味方を増やすために多くの大名に与えた。結果、似た名前の人がたくさん現れたんだ。

 足利義晴 からの

→武田信(信玄のこと)
→長尾
→尼子
→細川

  1. 個性もなにもあったもんじゃないわね^^;

●まとめ

武将はだいたい15歳くらいになると「元服」という通過儀礼を経て、大人の仲間入りをしました。同時に子ども時代の名前を捨て、大人としての名前を名乗ります。その際、一族で代々引き継がれる字「通字」があるため名前が似ていました。

また家来である証として、主君から一字もらい受ける「一字拝領」もよくありました。名前プレゼントを乱発したのは、そうしてつなぎとめないといけないほど、裏切りが心配だったのです。

江戸時代になっても将軍からの一字拝領はありましたが、伊達家や前田家など格式の高い大名のみに限られ、非常に名誉なこととされました。

なお徳川家では、家康の幼名である「竹千代」も子孫に引き継がれていきました。「竹千代と名付けられた=徳川の跡継ぎに認定された」という意味だったのです。

戦国武将の名前の秘密、お分かり頂けたでしょうか?
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