推しが見つかる源氏物語 #23

  1. 人生

中の君は愛され上手な末っ子!匂宮との結婚生活のゆくえ

今回紹介するのは宇治十帖に登場する姉妹の妹・中の君(なかのきみ)です。

中の君は光源氏の異母弟、八の宮と正妻の間に生まれました。
生まれてまもなく母を亡くし、姉の大君(おおいぎみ)とともに父の手によって育てられます。

大君については前回ご紹介しましたので、まだお読みでない方はぜひご覧ください。

大君は奥ゆかしく慎重派だったのに対し、妹の中の君は、おっとりしていて可愛らしく、前向きなタイプです。
彼女はさまざまな困難に直面しますが、うまく乗り越えてゆきます。

どうやって乗り越えていったのか、見ていきましょう。

中の君は愛され上手な末っ子!匂宮との結婚生活のゆくえの画像1

匂宮から手紙のアプローチ

中の君を語るときに欠かせないのは、匂宮の存在です。

彼は帝と明石の中宮(光源氏の娘)の第三皇子で、両親から誰よりも可愛がられていました。
光源氏の末子である薫とは歳も近く、二人そろって当代きっての貴公子と言われています。

あるとき匂宮は、薫から宇治に美しい姉妹がいることを聞きました。
もとより好色な匂宮は、関心を持って宇治の山荘に遊びに出かけ、しばしば手紙を送るようになったのです。

匂宮には、恋愛抜きの付き合いという前提で、中の君が返事を書きました。
匂宮は中の君に想いを寄せ、ほのめかしますが、中の君はつれない態度です。

彼は、姉妹が父・八宮を亡くして傷心の時にも、たびたびお悔やみの手紙を送ってきます。悲しみに沈みきっている中の君は返事などできません。

四十九日も過ぎた時雨の降る夕方、匂宮から長い手紙が届きます。
「牡鹿(おじか)の鳴く秋の夕暮れ、どんなお気持ちで過ごしておられるのでしょう。あまり返事がないのもどうかと」などと書かれていました。

姉・大君から返事を勧められても、中の君は泣きしおれています。
「私には書けそうもありません。起きていられるようにはなったけれど、悲しみにも限りがあると思うと、そんな自分が情けない」と。

妹を見るに見かねて、大君が代わりに返事を書くのでした。

中の君の思いがけない結婚

その後も中の君と匂宮はたびたび手紙を交わすものの、匂宮が思いの込もった手紙を送っても、中の君は取りつく島もありません。
匂宮はつまらない気持ちになります。

一方、大君に想いを寄せる薫も、進展がないことに悩んでいました。
大君は、中の君と薫が結婚することを望んでいます。
それならばと薫が一計を案じ、匂宮と中の君を先に結婚させてしまうことにしたのです。

思惑はうまく行き、二人は結婚することになります。
中の君にとっては、まったく不本意な結婚でした。

大君を中心に結婚の準備が進むも、匂宮には大きな障害が立ちはだかります。
中の君との結婚3日目の夜、母・明石の中宮から勝手気ままに出歩いていることを諌められ、非常に出かけにくい状況となってしまったのです。

正式に結婚が成立するには、男性が女性のもとに3日間通い続けるのが習わしです。
宇治では、夜になっても手紙が届くのみで匂宮の来訪がなく、みんな落胆しきっていました。

ところが、夜中近くになって、嵐の中を匂宮が訪ねてきたのです。
中の君も少しは心がなびいたことでしょう。

嵐の中の来訪に 中の君の心も動く

匂宮は中の君に、「厳しい状況の中、身を棄ててやってきた」と訴えます。
「今後、訪ねられないことが続いても、私の愛を信じてほしい。いずれ都にお迎えしましょう…」と。

二人は明け方の空をともに眺めました。
明るくなるにつれて浮きあがる中の君の美しい顔立ちに、匂宮は感動します。
宇治橋を眺め宇治川の流れを聞きながら、姫君たちのこれまでの境遇を思い、涙しました。

中の君は愛され上手な末っ子!匂宮との結婚生活のゆくえの画像2

立ち去りがたい匂宮は歌を詠みます。

中絶えん ものならなくに 橋姫の かたしく袖や 夜半に濡らさん
(私たちの仲は絶えるはずないが、あなたは宇治の橋姫のように、ひとり寝の袖を涙で濡らすこともあるでしょう)

悲しそうな中の君は、次の歌を返します。

絶えせじの わがたのみにや 宇治橋の はるけきなかを 待ちわたるべき
(絶えるはずはないという約束を頼りに、長い宇治橋のように長い絶え間を待たねばならないのでしょうか)

彼女は見送った後の、匂宮の移り香をせつなく感じていました。

中の君にとっては思いがけない結婚でしたが、彼女は、気詰まりな薫より匂宮に親しみやすさを覚えるのでした。

中の君が乗り越えた3つの困難

匂宮と結婚した中の君には、次々と困難がやってきます。
彼女が乗り越えた3つのできごとを見ていきましょう。

➀匂宮が宇治に来られなくなる

無事に結婚した二人でしたが、都に戻った匂宮は身動きが取れなくなり、宇治への来訪が途絶えてしまいます。
手紙だけは日に何度も送られてきました。

匂宮は、中の君を厚遇して都に迎えたいと考えています。
しかし中の君は没落した家の娘ですから、匂宮はなかなか両親の理解が得られず、苦慮していました。

そんな中、薫が紅葉狩りを口実に匂宮を宇治へ連れ出す計画を立てます。
当日、宇治に到着した一行は管弦や詩作でたいそう盛り上がりました。
その後、本当は中の君のもとへ立ち寄るはずだったのですが、匂宮の母・明石の中宮が早々に迎えをよこし、匂宮は帰らざるを得ませんでした。

匂宮が宇治へ来たことを聞いていた姉妹は、彼が立ち寄らずに帰ってしまったことに大きな衝撃を受けます。
匂宮の事情を知らない中の君にすれば、すぐ近くにいて、素通りされるのはとてもつらいことでした。

姉の大君は、この出来事をきっかけに男性不信を強め、体調を崩してしまいました。
しかし中の君は、つらくても匂宮の約束を信じます。「あんなに約束をしてくださったのだから、このままで終わるはずがない」と。

このあと、大君は亡くなります。
彼女を失った薫の悲嘆ぶりを見た明石の中宮は、宇治の姉妹が大切な存在だと理解し、匂宮が中の君を都に引き取ることを許すのでした。

➁匂宮が身分の高い正妻を迎える

実は、中の君が都に迎え入れられる前、匂宮と六の君との縁談が進んでいました。

六の君は光源氏の息子・夕霧の子どもで、身分の高い女性です。
匂宮が六の君を妻に迎えれば、当然彼女が正妻になるでしょう。
しかも六の君は、教養も容姿も素晴らしい女性だともっぱらの評判です。

中の君は結婚の話を聞き、父・八の宮の遺言に背いて宇治から離れたことを後悔せずにはいられません。
二条院を訪ねてきた薫に、自分を宇治へ連れ出してほしいと頼むも、とんでもないことだと諭されてしまいました。

匂宮と六の君の婚儀の日、匂宮と中の君は二人で月を眺めます。
中の君は、高貴な身分の匂宮の愛情を独占するのが、そもそも無理なことだと思い知らされます。

匂宮は「すぐに帰ってきます…」と言って出かけていきました。
見送る彼の後ろ姿が涙でかすみます。
月がのぼり、夜が更けていくまま、中の君は思い乱れ、歌を詠まずにはいられません。

山里の 松の蔭にも かくばかり 身にしむ秋の 風はなかりき
(宇治の山里の、松の陰の住まいにも、これほど身に染みる秋風が吹くことはなかったことよ)

匂宮は、右大臣・夕霧の婿になったという立場上、中の君へは夜離れ(よがれ)がちになっていきます。
中の君はなんとかして宇治に帰りたいと考えるようになりました。

しかし、このあと中の君は男の子を出産します。
後継となる男の子を産んだことで、中の君に対する世間の目も変わり、安定した生活が送れるようになったのです。

➂薫から言い寄られる

薫は匂宮と六の君の婚儀のことを聞き、中の君を気の毒に思いました。
「移り気な匂宮のことだ、新しい女性に心を移すだろう。私が中の君を迎えておけばよかった…」と匂宮を中の君に引き合わせたことを後悔します。

二条院へ行って中の君と話をしていると、彼女の声が亡き大君そのものに感じられました。
薫は手折ってきた朝顔の花を扇に置き、御簾の中にさし入れます。

中の君は愛され上手な末っ子!匂宮との結婚生活のゆくえの画像3

よそえてぞ 見るべかりける しら露の 契りかおきし 朝顔の花
(形見と思って私のものにすればよかった。白露<大君>が、そのように約束して置いていった朝顔の花…あなたを)

中の君は次のように歌を返しました。

消えぬまに 枯れぬる花の はかなさに おくるる露は なおぞまされる
(露が消えないのに枯れてしまう朝顔の花のような、はかない命の姉君でした。あとに残る露のような私は、いっそう儚い身です)

以降、薫は何かにつけて中の君に想いをほのめかすようになります。
中の君は「姉君が生きていたら、薫はこんな心を持たなかっただろう」と悲しく、匂宮の心が離れる嘆きより、薫から訴えられる恋心が苦しく思われるのでした。

ある日の夕方、再び薫が二条院を訪問しました。
彼は、「亡きお方(大君)を偲ぶ人形(ひとがた:代わりとなる人)を作りたい…」と言います。
やはり大君のことが忘れられないようです。

中の君は「人形(ひとがた)といえば…」と、先日訪ねてきた女性が亡き大君にとてもよく似ていたことを話します。
この女性は浮舟(うきふね)と呼ばれ、中の君の異母妹です。
薫は浮舟に関心を寄せるようになりました。

大君にそっくりな浮舟

浮舟は関東から都にやってきた女性です。
ある事情で、浮舟の母から彼女の世話を頼まれた中の君は、浮舟を二条院に引き取りました。

中の君は浮舟を薫と結び付けてはどうかと思っています。
ところが、二条院に戻ってきた匂宮が浮舟を見つけてしまったのです。

匂宮は、浮舟を新しく入った女房と勘違いし、好き心のまま言い寄ります。
ちょうど匂宮に宮中から呼び出しがあり、浮舟は難を逃れたものの、すっかり怯えてしまいました。

中の君は浮舟を自室に招き、絵などを見せて慰めます。
浮舟のおっとりと上品で美しい様子を見て、亡き大君のように感じました。

「本当に懐かしい顔立ちのこと。亡き父にもよく似ている」と涙ぐみます。
重々しい風情が備われば薫の相手として不足はない、と考えるのでした。

のちに浮舟は、薫や匂宮の間で板挟みになり、苦しみます。
中の君は、大君と浮舟の生き方を見てきたことで、しみじみと思いました。

「悲しくも儚い命で、それぞれに深い悩みを持っていた姉妹だった。その中、私だけがそんな悩みも知らないから生き長らえているのかしら。けれど、それもいつまで続くというのか」

愛され上手!中の君の特徴がわかる2つの場面

さまざまな困難に直面しつつも、結果的にはなんとかなっているのが、中の君の特徴です。
決してたまたまではなく、彼女に、うまく生き抜く力があったからではないかと思います。

2つの場面から見てみましょう。

➀相手に歩み寄る

匂宮が思うように宇治へ来られなくなったとき、中の君はショックを受けます。
そして「やはりうわさどおりの浮気な方かもしれない」と嘆きました。

しかし、中の君が都へ迎えられることになり、宇治から都までの道中、彼女は遠く険しい山道の様子を目の当たりにします。
匂宮が宇治へ通うことはいかに大変だったか、想像したことでしょう。
彼がなかなか宇治へ来られなかったのも、少しは理解できる気がするのでした。

ただ一方的に責めるのではなく、相手の事情を理解し、心理的に歩み寄れる。
そんな中の君だったからこそ、匂宮に大切にされたのではないでしょうか。

➁許されてしまう可憐さ

匂宮と六の君の結婚に衝撃を受けた中の君。
彼女は、様子を見に来た薫を御簾の中に招き入れ、宇治に連れ帰ってほしいと懇願します。

薫は中の君への思いを抑えきれず、思わず中の君の袖を捉えましたが、彼女が懐妊していることを知り、引き下がりました。
中の君は自分が匂宮の妻であるとかえって自覚します。

後でやってきた匂宮は、中の君に薫の移り香が深く染みついていることに気づきました。
「これ程の香りが染みつくとは、何もかも許したのでしょう」となじります。
 
中の君にはいわれのないことです。
彼女は、「こんな香りくらいで私たちの夫婦仲も終わってしまうのでしょうか」と歌を詠んで涙ぐみます。

中の君の可憐さと愛らしさに、匂宮は「だから薫も心惹かれるのだ」と涙を落とすのでした。
本人は無自覚であっても、中の君には末っ子らしい愛らしさがあり、周りの人にうまく助けてもらえる魅力があったのではないでしょうか。

まとめ:どんなときも前向きに生きた 中の君

大君や、次に紹介する浮舟とは違い、大きなドラマがない中の君の人生。
だからこそ、私たちにも身近な存在であり、親しみやすいヒロインなのではないでしょうか。

彼女は、宇治十帖に登場する3人の女性の中で、最も順風満帆な暮らしを手に入れています。
さまざまな悩みに直面しながらも、彼女が前向きに生きてきた結果ではないかと思います。

1番印象的だったのは、匂宮が宇治への外出がままならなくなったときです。
ショックを受けて男性不信に陥る大君に対し、中の君は匂宮との約束を信じました。

つらいことがあっても、懸命に生きようとする人には、いい環境が整ってくる。
それを体現したのが、中の君という女性だったのかもしれません。

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次回はついに最後のヒロインの紹介です。
宇治の姉妹の異母妹である浮舟は、父であるはずの八宮にも認められず、母に連れられて東国で育ちます。

彼女は、これまで紹介してきたヒロインの中で、最も身分が低い女性です。
波瀾万丈の彼女の人生は、都にやってきてどう変わるのでしょうか?

次回から2回に分けてご紹介したいと思います。

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