日本人なら知っておきたい 意訳で楽しむ古典シリーズ #179

  1. 人生

目の前の小さな幸せよりも、将来の大きな幸せを 〜米百俵の故事

将棋の名人獲得で最年少記録を更新した藤井聡太名人は、「温故知新」と揮毫(きごう)しました。
昔に目を向けるのは、将棋の道でも大切にされていると感じて、うれしくなりました。

さて、6月15日は、戊辰戦争(ぼしんせんそう)で惨敗し窮乏の中にあった長岡藩(ながおかはん)が、三根山藩(みねやまはん)から贈られた「米百俵」を元に学校を開設した日。

目の前の小さな幸せよりも、将来の大きな幸せを選んだ「米百俵」のエピソードを、木村耕一さんにお聞きしました。

「今日のことだけ考えず、先々のことも、よく考えよ」

お金がない、食べる物がない……。
そんな苦しい時にこそ、しなければならないことがあります。

新潟県に伝わる「米百俵」のエピソードは、私たちの生き方に、重要なヒントを与えてくれます。

時は、江戸時代から「明治」という新しい世に替わったばかりの頃。
越後(えちご。現在の新潟県)の長岡藩では、新たな門出を祝う声はどこからも聞かれませんでした。

戊辰戦争で新政府軍に徹底抗戦し、惨敗した長岡藩は、城下が焼け野原となっていました。おまけに米の不作が続いていたのです。

食糧が尽き、藩士の生活も限界に近づいていました。

「米が欲しい」
「せめて子供に食べさせてやりたい」

悲鳴や不満、やり切れなさが、噴出していました。

目の前の小さな幸せよりも、将来の大きな幸せを 〜米百俵の故事の画像1

長岡藩は新政府軍に逆らった「賊軍」と見られていました。だから政府からも、周囲からも救援物資が届かなかったのです。そんな中、明治3年(1870)5月、ありがたくも三根山藩(長岡藩の分家)から、百俵もの米が送られてきたのです。

この明るいニュースは、藩士を元気づけました。

目の前の小さな幸せよりも、将来の大きな幸せを 〜米百俵の故事の画像2

しかし、いつまで待っても配分されなません。

それどころか、藩の重役・小林虎三郎(こばやしとらさぶろう)が、この米を売って、学校を建てようとしていることが分かったのです。

激怒したのは、その日暮らしの藩士たちでした。徒党を組んで虎三郎の元へ押しかけたのです。畳に日本刀を突き刺して、
「食えないから、米を配分せよ」
と迫る彼らに、虎三郎は、
「食えないから、学校を建てる」
と言い切ります。意外な切り返しでした。

この真意を理解するには、現在、過去、未来の因果関係を冷静に見つめる必要があります。

今、見舞いとして受け取った米を配分すれば、確かに腹の足しになります。
しかし、百俵の米を長岡の全家庭に分けても、一軒あたり二升ぐらいにしかなりません。数日で食い尽くしてしまうでしょう。
それで、後に何が残るのでしょうか。
今さえよければいいのでしょうか。
苦しいからこそ、未来を変えるタネまきを、今、しなければならないのです。

目の前の小さな幸せよりも、将来の大きな幸せを 〜米百俵の故事の画像3

戯曲『米百俵』から、小林虎三郎の言葉を引用しましょう。

虎三郎は、藩士たちを、諄々(じゅんじゅん)と諭していきます。

「貴公もまた、目さきのことばかり言っておる。まあ、よく考えてみい。いったいなぜ、われわれはこんなに食えなくなったのだ」

「それは何かと申すと、日本人同士、鉄砲の打ち合いをしたことだ。
やれ、薩摩(さつま)の、長州の、長岡のなどと、つまらぬいがみ合いをして、民を塗炭の苦しみにおとし入れたことだ」

「どうしてこんなおろかなことをやったのか。
つまりは、人がおらなかったからだ。
人物がおりさえしたら、こんな痛ましいことは起こりはしなかったのだ」

「人物さえ養成しておいたら、どんな衰えた国でも、必ずもり返せるに相違ないのだ。
おれは堅く、そう信じておる。
そういう信念のもとに、このたび学校を立てることに決心したのだ。
おれのやり方は、まわりくどいかもしれぬ。すぐには役にたたないかもしれぬ。
しかし、藩を、長岡を、立てなおすには、これよりほかに道はないのだ。
のう、今日のことだけ考えずに、さきざきのことを、よっく考えてくれ」

目の前の小さな幸せよりも、将来の大きな幸せを 〜米百俵の故事の画像4

現在は、過去と未来を解く鍵です。

理にかなった虎三郎の言葉は、藩士の心を動かしました。
さらに長岡藩の家訓「常在戦場」の精神に照らして、あるべき姿を訴えました。

「常に戦場にありとは、いくさのないおりにも、常に戦場にある心で、いかなる困苦欠乏にも耐えよという、おことばではないか。
戦場にあったら、つらいの、ひもじいのなどと言っておられるか」

「みなが一体となって、苦しみに打ち勝ってこそ、はじめて国もおこり、町も立ちなおるのだ。常に戦場にありとは、そこのところを申されたものと、おれはつねづね拝察しておる」

目の前の小さな幸せよりも、将来の大きな幸せを 〜米百俵の故事の画像5

長岡武士の誇りにかけ、何としても生き抜いて、未来を築かねばなりません。この一点で、反対していた者も皆、心が一つになったのです。

間もなく百俵の米を売却した資金で、藩立の学校が建設されました。
初代校長には小林虎三郎が就任。身分の別なく、すべての人が学べる画期的な学校であったのです。

文豪・山本有三は、この史実に感動して、昭和18年(1943)に『米百俵』と題する戯曲を書きました。
小林虎三郎が学校を造った経緯をドラマにしたのです。
百俵の米は、長岡だけではなく、日本の未来に、何百倍、何千倍の役割を果たしたといえるでしょう。

(『人生の先達に学ぶ まっすぐな生き方』木村耕一著、『マンガ 歴史人物に学ぶ 大人になるまでに身につけたい大切な心5』まんが:太田寿 原作・監修:木村耕一 より)

小泉内閣の所信表明演説でも

木村耕一さん、ありがとうございました。

米を分配してほしいと嘆願しに来た人たちに、小林虎三郎は、「今日のことだけ考えずに、先々のことを、よくよく考えてくれ」と諭しています。

百俵の米を売って、学校を建設するためには、みんなで空腹を我慢しなければなりません。しかし、そのように苦労して教育に力を入れた結果、長岡に優秀な人が多く育ちました。

これは改革を進める精神として大切なことだと、平成23年(2001)に小泉内閣が発足した時の所信表明演説でも「米百俵の故事」が引用されています。

いつの時代でも、将来の大きな幸せのためには、大切な志なんですね。

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目の前の小さな幸せよりも、将来の大きな幸せを 〜米百俵の故事の画像6

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