推しが見つかる源氏物語 #7

  1. 人生

異色のヒロイン・末摘花の魅力を解説!光源氏を感動させた性格とは

今回紹介するのは、源氏物語の中でも異色のヒロイン・末摘花(すえつむはな)です。

極端に古風な教育を受けてきて、頑固、しかも世間に疎い。
更に、光源氏を驚かせたのは、衝撃的な容姿とセンスでした。
『源氏物語』の本文には、約10行にわたって末摘花の容姿が詳しく描写されています。

そんな彼女にも、人を感動させる美点があるのです。
今回の記事を読み終わる頃には、末摘花の印象が大きく変わるかもしれません。

異色のヒロイン・末摘花の魅力を解説!光源氏を感動させた性格とはの画像1

末摘花と光源氏の出会い

末摘花の父は故・常陸宮(ひたちのみや:皇族で身分が高い人)です。
たいへん愛されて育ちますが、後ろ盾であった父を亡くした後は生活に困窮していきます。

僧侶になった兄や中流貴族の妻になった叔母は、まったく頼りになりません。
あばら家の屋敷で年老いた女房たちと暮らしており、末摘花にとっては琴だけが話し相手でした。

******

ある年の春頃を境に、末摘花のうわさを聞きつけた光源氏から手紙が届き始めます。
どうすべきか分からなかったのでしょう、末摘花はまったく返事をしませんでした。

秋になって、光源氏が訪ねてきます。
返事をもらえないことで、かえって意地になったようでした。

末摘花は光源氏の来訪を知らされ、恥ずかしくてたまらず、奥へ後ずさりします。

「どのようにご挨拶すればいいかもわからないのに…」

【原文】
「人にもの聞こえんようも知らぬを」

源氏を手引きした女房は、笑って説得します。
「両親もなく、こんなに頼りない境遇なのに、いつまでも引っ込み思案なのはよくありませんよ」と。

そして末摘花は光源氏と襖越しに対面します。
源氏は、「ずっと長い間あなたを慕ってきました」と言葉巧みに話し続けますが、手紙の返事さえ書けない彼女が、何か言えるはずありません。
源氏はため息をつきます。「何度あなたの沈黙に負けたことでしょう…いっそ嫌なら嫌と言ってください」と和歌も交えて訴えました。

末摘花の乳母子(めのとご:乳母の子ども、幼馴染のような存在)が、見ていられずに彼女のそばに寄って、かわりに返事をします。
光源氏はこのあとも、歌を詠んだり冗談を言ったり生真面目な話をしたりするものの、何の手応えもありません。

源氏は、普通の女性とずいぶん違うのはわかるが、自分のことをまるで問題にしていないのだろうとしゃくに障って、襖を押しあけ末摘花の部屋に入ってしまいました。

世間知らずの末摘花

末摘花自身は、身の置き場もなくすくむような思いで、何もわからない。
光源氏はうぶな方でいじらしい、と考えるものの、何か腑に落ちません。
ため息をつきながら暗いうちに帰っていきました。

契りを結んだ女性の元には翌朝、後朝の文(きぬぎぬのふみ)と言われるものを送るのが作法です。
ところが、光源氏にはもう通う気持ちがありません。手紙だけは夕方に送りました。

末摘花は昨夜のことを思い出して恥ずかしさでいっぱいになっていました。
朝来るはずの手紙が日暮れになったことが失礼であるとはわかりません。
光源氏が訪ねてこないことに、女房たちは胸が潰れる思いです。
 
末摘花は手紙の返事を書くよう勧められても、思い悩んで何も書けません。
乳母子が教えて、色あせた紙に書かせます。古めかしい筆跡でした。
返事を受け取った源氏は、更にがっかりします。

しかし、源氏は気の毒に思ってか、その後もときどき末摘花のところに通うのです。

光源氏が驚いた末摘花の顔や容姿

光源氏はとにかく末摘花の姿を何とかはっきり見たい、と気になっていました。
そこで、冬になって雪の降る夜に訪ねてきたのです。

末摘花は相変わらず引っ込み思案で、風流な振る舞いなどとてもできません。
夜が明けて、庭の植え込みに積もった雪を眺めた源氏は彼女に、「朝の空が美しいから見てごらん…」と雪明かりに照らされるところまで誘います。

源氏は庭を眺めるふりをしながら、必死に横目で彼女の姿を見ました。
座高が高い。次に気になったのは異様な鼻です。象のような鼻で、先が垂れて赤く色づいている。額はとても広く、顔の下半分も長い。しかもガリガリに痩せている。
ただ、頭の形と髪の垂れ具合だけは見事な美しさでした。

源氏は、なぜしっかり見てしまったのだろうと後悔しながら、やはりその異様な顔かたちを見ずにいられないのです。
末摘花は、普通は男性が着る黒貂の皮衣(ふるきのかわぎぬ)を着て、袖で口元を押さえて笑うしぐさもぎこちない様です。

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源氏が歌を詠みかけます。

朝日さす 軒の垂氷<たるひ>は 解けながら などかつららの 結ぼおるらん
(朝日のさす軒のつららはとけたのに、あなたは張りつめた氷のようで、なぜ打ちとけてくれないのでしょう)

しかし、末摘花は「むむ」と笑うしかできません。すぐに返歌ができないのです。
源氏は愕然としますが、世話をするのは自分しかいないと覚悟しました。
ほかの男が末摘花に我慢できるはずがない、と思ったからです。

以後、源氏からのこまごました援助が、末摘花や仕えている者たちにも届けられるようになりました。

異色のヒロイン・末摘花の2つの特徴

光源氏との出会いの場面から、彼女が引っ込み思案でどこまでも不器用な女性であることがわかります。
そんな末摘花の大きな特徴を2つご紹介しましょう。

➀マイペースを貫く

末摘花は、人とズレたところがあるものの、本人はいたってマイペースです。

光源氏と出逢った年の末、彼に正月の晴れ着を贈ります。
源氏は「からころも」という言葉の入った奇妙なよくわからない歌や、送られた衣装のセンスの無さに呆れてしまいます。
しかし末摘花自身は、自分の歌をまんざらでもないと書きとめ、贈った衣装もまずまずだと思っているのですね。

また、光源氏の養女が「裳着の儀式(もぎのぎしき:成人式)」を挙げたときのこと。
そのお祝いも、古めかしく色あせた衣裳と、相変わらず時代遅れの「からころも」の歌です。

「からころも」を歌に入れるのは、現代で言えば、何年も前の流行語をいまだに使っているようなものでしょうか。
時代遅れの言葉を会うたびに言われたら、センスを疑いますよね。

ちょうどそのように、源氏は腹立たしさとおかしさに耐えられない思いで返歌を詠んで、養女に見せずにいられませんでした。
彼が詠んだのは次の歌です。

「唐衣 またからころも からころも かへすがへすも からころもなる」

末摘花は、人にどう思われるかよりも、自分の感性を大事にしていたのではないでしょうか。
深刻なシーンのあとに末摘花が登場すると、どこかホッとできるような気がします。

➁なかなかまねできない、純粋で一途な心

実は末摘花と光源氏が出逢ってから数年後、源氏はたいへんな事件を引きおこし、須磨や明石(兵庫県)に移って生活することになりました。
足かけ3年におよび、この間光源氏はすっかり末摘花を忘れてしまっていました。

末摘花の生活は困窮を極めます。
女房たちは逃げていき、家はどんどん廃れていきました。ふくろうが鳴き、狐のすみかとなるありさまです。

家を譲ってほしいという人や、昔風の立派なつくりの家具や道具類を買いたいという人もいたのですが、彼女は頑として聞き入れません。
父が自分のために残してくれたものは守りぬかねばならない、という思いで、困窮した生活を少しでも何とかしたいと考える女房たちを諌めるのでした。

末摘花には中流貴族の妻になっている叔母がいました。
叔母は、生前の末摘花の母から、一門の恥になる結婚をしたと見下げられたことを恨んでいます。
そこで、末摘花を自分の娘たちの女房(世話係)にしてやろう、と企んでいたのです。

夫の赴任で彼女を一緒に筑紫(福岡県)に連れていこうとしますが、末摘花は承知しませんでした。

光源氏が都に帰ってきたとうわさには聞くものの、末摘花の元を訪ねてくれる気配はありません。
彼女は二人の仲がこれで終わりなのかと悲しくなって、声を上げて泣くこともありました。

「源氏は別の女性に夢中で、こんな所に訪ねてきてくれるはずがない」という叔母の言葉にも追い詰められます。
でも彼女は、いつか必ず自分を思い出して訪ねてくれるに違いない、と信じて待つのです。

末摘花には心をこめて仕えてくれる乳母子がいました。
ところが、筑紫に行く叔母が無理やり連れていくことになったのです。

末摘花はこの時も声を上げて泣きます。
それでも、源氏が来るまで独りぼっちの寂しさにも悲しさにも困窮した生活にも耐えると決めていました。

光源氏との再会

光源氏が須磨、明石から都に帰ったのは28歳の秋でした。
源氏は末摘花のことを忘れたまま、翌年の夏になります。

光源氏はある女性を訪ねようと出かけ、途中、あまりにも荒れ果てた屋敷がありました。
「前にも見た感じの木立だなあ」と思いめぐらし、はっとします。

異色のヒロイン・末摘花の魅力を解説!光源氏を感動させた性格とはの画像3

末摘花の屋敷ではないか!
さっそく確かめたところ、彼女は昔と変わらずに、光源氏をひたすら待って住んでいることがわかりました。
源氏はたまらなくかわいそうに思い、今まで忘れ去っていた自身の薄情さにいたたまれない思いになります。

末摘花は父の夢を見て、父を慕って泣いていたところでした。
待ちわびていた源氏がようやく訪ねてきてくれ、とても嬉しい気持ちです。

源氏は長らく訪問しなかったことを謝り、いろいろ話しかけてきます。
末摘花は例によって、すぐには返事ができません。
けれども、雑草の生い茂る中を踏み分けて来てくれた彼の心は浅くないと思い、勇気を出してかすかに返事をするのでした。

源氏は

藤波の うち過ぎがたく 見えつるは まつこそ宿の しるしなりけれ
(波のように揺れて咲く藤の花を見過ごせずに訪ねたのは、藤のまつわる松の木に、いつまでもまつあなたの屋敷と見覚えがあったからなのです)

と歌を詠みます。すると、末摘花は、

年を経て 待つしるしなき わが宿を 花のたよりに 過ぎぬばかりか
(長い年月、ひたすらお待ちしても何の甲斐もなかった私のすみかを、藤の花を愛でるついでにだけ少し立ち寄った、ということでしょうか)

と、歌を返したのです!
自分では、歌はもちろん、返事もすぐにはできなかった末摘花が10年経って成長しました。
源氏は彼女の忍びやかな身動きする気配や、ゆかしい袖の香りに、昔よりは大人びたのかと意外な気持ちになるのでした。

光源氏が感動した誠実さ

しかし、何よりも源氏を感動させたのは、末摘花の誠実さでした。
彼は地位をなくし、須磨・明石に移って苦労したことから、人間がいかに利害打算で手のひらを返すかも身に染みて経験してきました。

だからこそ、どれだけ貧しい生活を強いられても、何年も音沙汰がなくても、ひたすら源氏を待ち続けた末摘花には非常に心打たれるものがあったのです。

この後は、源氏からの手厚い世話のおかげで、屋敷も修理してもらい、女房たちも戻ってきます。
2年後には光源氏の別宅・二条東院(にじょうひがしのいん)に引き取られました。

ズレた感覚は相変わらずで、古風な歌やセンスのない贈り物で源氏を絶句させますが、古い物語や歌を詠んで穏やかに日々を過ごしました。

まとめ:一途さで幸せを手に入れた末摘花

どこまでも不器用で古風、頑固な末摘花。
しかしそれは、裏を返せば一途という長所にもなりえます。

昔も今も、自分の都合を優先して、人に近づいたり離れたりを繰り返しているのが人間かもしれません。
そんな中、どんな状況になっても光源氏を待ち続けた末摘花のような人は、信頼できると感じる人が多いのではないでしょうか。

10年経ってからの末摘花の成長には、とても嬉しくなりました。
引っ込み思案な性格も相まって、どこか応援したくなるような魅力を持つヒロインです。

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光源氏が末摘花と離れる原因ともなった、須磨・明石行き。
そこに深くかかわったのが朧月夜(おぼろづきよ)という女性です。

朧月夜は、光源氏と敵対する右大臣家の娘で、皇太子との結婚も決まっていました。
ところが、光源氏と出会ったことにより、重大な事件を引き起こしてしまいます。

源氏物語の朧月夜はどんなヒロインなのか、果たしてどのような事件があったのか、次回ご紹介したいと思います。
朧月夜の記事はこちらからお読みいただけます。

これまでの連載はコチラ

こちらの記事では、原作の流れに沿って解説しています。
よろしければご覧ください。

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