日本人なら知っておきたい 意訳で楽しむ古典シリーズ #144

  1. 人生

【防災の日】「鎌倉殿の13人」では描かれなかった「壇ノ浦の戦い」後の大地震〜『方丈記』より

日本初の災害文学

9月1日は防災の日
防災で思い出すのは、日本初の災害文学ともいわれる『方丈記』です。
実は、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」と同じ時代なんですよね。
ドラマでは描かれなかった震災の様子を、鴨長明(かものちょうめい)は克明に記録していました。
木村耕一さんにお聞きしましょう。

──「鎌倉殿の13人」では、明日どうなるか分からない、権力の争奪戦が描かれています。揺れ動いているのは権力の振り子だけではなかったのでしょうか。

『方丈記』には、元暦(げんりゃく)の大地震の様子が記されています。
この地震が起きる3カ月前に、平家一門は壇ノ浦(だんのうら)で滅びました。

──え、あの源義経(みなもとのよしつね)が大活躍した、壇ノ浦の戦いの3カ月後に……。

はい、平家に代わって、源頼朝(みなもとのよりとも)が鎌倉幕府を誕生させるという、まさに、世の中の価値観が劇的に変化していく時でした。

この地震の4年前に、平清盛(たいらのきよもり)が亡くなります。その年は大飢饉(だいききん)、その前には竜巻大火災など、立て続けに災害が起こり、鴨長明はこれら「五大災害」『方丈記』に記しています。

──まさに、激動の時代だったのですね。

では、『方丈記』の地震の描写をかいつまんで見てみましょう。

『方丈記』の意訳と原文

(意訳)
また、大飢饉から数年後に、ものすごい大地震がありました。それは、これまでの地震とは、全く違っていたのです。山は崩れて川を埋め、海は傾いて津波が発生したのです。大地は裂けて水が湧き出し、岩は割れて谷底に転げ落ちました。海岸近くを漕ぐ船は波に翻弄され、道を行く馬は足元がふらついて走れませんでした。

【防災の日】「鎌倉殿の13人」では描かれなかった「壇ノ浦の戦い」後の大地震〜『方丈記』よりの画像1

(原文)
また、同じころかとよ。おびたたしく大地震(おおない)ふること侍(はべ)りき。そのさま、世の常ならず。
山は崩れて河を埋(うず)み、海は傾きて陸地をひたせり。土裂けて水涌き出で、巌(いわお)割れて谷にまろび入る。なぎさ漕ぐ船は波にただよい、道行く馬は足の立ちどをまどわす。

──土砂崩れや津波まで。「海は傾きて」とは、すごい表現ですね。

はい。まだまだ鴨長明は、地震の様子を具体的に記していますよ。

(意訳)
家の中にいると、たちまち押しつぶされそうになります。外へ走って出ると、地面が割れ、裂けています。羽がないので、空を飛ぶこともできません。竜であったなら、雲に乗ることもできるでしょうに……。

【防災の日】「鎌倉殿の13人」では描かれなかった「壇ノ浦の戦い」後の大地震〜『方丈記』よりの画像2

(原文)
家の内におれば、忽(たちま)ちにひしげなんとす。走り出ずれば、地割れ裂く。
羽なければ空をも飛ぶべからず、竜ならばや、雲にも乗らん。

──子どもの頃、地震が怖くて、どうすれば助かるかを考えたことがあります。飛行機に乗っていれば、大地震が起きても大丈夫かな、と思っていました。長明さんの「竜ならばや、雲にも乗らん」の一文に、地震への恐怖心を思い出しました。

はい、地震は恐ろしいですよね。
鴨長明は、ズバリこう書いています。

(意訳)
恐ろしいものの中でも、最も恐ろしいのは、全く、この地震なのだと、はっきり知らされました。

(原文)
恐れの中に恐るべかりけるは、ただ地震なりけりとこそ覚え侍りしか。

──世の中で恐ろしいものを順に並べて、「地震、雷、火事、親父」と言われますが、長明さんの時代も、地震がいちばん恐ろしかったのですね。

そうですね。
ですが、時間が経つとどうでしょうか……。長明は次のようにも記しています。

(意訳)
大地震が起きた直後は、人々は皆、「どんな豪華な家も、地震がきたら、ひとたまりもない」「この世は、無常だな」と言っていました。しかし、月日が経過するにつれて、地震があったことさえ、言葉に出して言う人がいなくなってしまいました。
あれほど悲惨な目に遭いながら、人間は、すぐに忘れてしまい、何もなかったかのように、また同じことを繰り返しているのです。

(原文)
すなわちは人みなあじきなき事をのべて、いささか心の濁りもうすらぐと見えしかど、月日重なり、年経にし後は、ことばにかけて言い出ずる人だになし。

【防災の日】「鎌倉殿の13人」では描かれなかった「壇ノ浦の戦い」後の大地震〜『方丈記』よりの画像3

(『こころに響く方丈記』木村耕一著 イラスト 黒澤葵 より)

自分の問題として

──耳が痛いですね。「震災の記憶が風化しないように」と、今も言われるとおりだなと思います。

そうですね。もう一歩進んで、自分の問題として読んでみるといいですよ。

──自分の問題でしょうか?

『方丈記』は、私たちが、どんな所に住んでいるのかを、明らかにしようとしています。

それは、ある日、突然、予想もしなかった災難や災害に襲われる所です。

また、大切な人の死、人間関係の破綻、裏切り、絶望など、いつ、どんな不幸に遭うかしれない所です。

そんな不安に満ちた世界に住んでいることを、ごまかさず、真っ正面から見つめて、「人間とは」「幸せとは」「生きる意味とは」と、私たちに問いかけているのが『方丈記』だと思います。

──木村耕一さん、ありがとうございました。「どうしたら、災害から逃れられるか」ばかり考えていましたが、そもそも予想もしない災難に襲われる所に、私は住んでいると知らされました。古典は、自分を見つめ直すきっかけを与えてくれますね。

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