日本人なら知っておきたい 意訳で楽しむ古典シリーズ #131

  1. 人生

恋心はいつの時代も変わらない!? 〜『百人一首』の「恋の歌」

5月27日「百人一首の日」。鎌倉時代に藤原定家(ふじわらのていか)が『小倉百人一首』を完成させた日なのだとか。

『小倉百人一首』の誕生秘話の記事はこちら↓↓↓)


『百人一首』は「かるた」になり、今も親しまれています。鎌倉時代から続いているのは、今の時代でも共感できる歌が多いからなのでしょうね。
『百人一首』には、「恋の歌」が多く集められています。昔も今も恋心は変わらないのでしょうか。
その中の一首を、木村耕一さんの意訳でどうぞ。

固く約束しましたよね

契(ちぎ)りきな かたみに袖(そで)を しぼりつつ
末の松山 波こさじとは
清原元輔(きよはらのもとすけ)

(意訳)
固く約束しましたよね。お互いに涙を流しながら、「あの末の松山を津波が越えることがないように、私たちの愛も決して変わらない」と。
それなのに、あなたは、もう心変わりしてしまったなんて……。

──木村耕一さん、なんとも切ない歌ですね。同情してしまいます。
ところで、「末の松山(すえのまつやま)」とは、なんでしょうか?

はい。平安時代初期に、東北地方を巨大地震が襲いました。その時、大津波が発生しましたが、海辺に近い「末の松山」と呼ばれる丘までは到達しませんでした。
このことから、「どんな大津波も、末の松山を越えることはない」と語り継がれてきたのです。

──平安時代にも、巨大地震と大津波があったとは、驚きました。

その「末の松山」の旧跡は、宮城県多賀城市(たがじょうし)にあります。丘に二本の松がそびえていて、「おくのほそ道の風景地」として国の名勝に指定されています。

平成23年に起きた東日本大震災の時も、「末の松山」までは津波が到達しませんでした。

──平安時代から、語り継がれたとおりだったんですね。

千年以上も前の恋人たちは、
「津波が『末の松山』を越えることがないように、決して、あなたを愛する心は変わりません」
と、永遠の愛を誓ったのでした。

──そう言われたら、夢見るように、うっとりしてしまいます。

しかし、あまりにも早い破綻に直面し、「約束しましたよね!」と、叫ばずにおれなかったのです。

──ああ、これが現実とは……。

恋心はいつの時代も変わらない!? 〜『百人一首』の「恋の歌」の画像1

(『月刊なぜ生きる』令和4年1月号「古典を楽しむ」 意訳・解説 木村耕一 イラスト 黒澤葵 より)

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