日本人なら知っておきたい 意訳で楽しむ古典シリーズ #90

  1. 人生

『徒然草』からの生きるヒント〜ものを大切にする心がけ(徒然草 第184段)

最近は、おうち時間に家の片付けをして、不用品をリサイクルショップに持ち込む人が増えているようです。
逆に、リモートワークの定着で、自宅のデスクや椅子を、リサイクルショップで調達する人もありますね。
日本には、古くから、ものを大切にする心がけがあるようです。

『徒然草』には、鎌倉幕府の執権・北条時頼(ほうじょうときより)の話題が掲載されています。
こちらの記事で、ご紹介しました。

『徒然草』からの生きるヒント〜質素でも、とても楽しい時間に(徒然草 第215段)

今回は、その北条時頼の母、松下禅尼(まつしたぜんに)のお話です。
木村耕一さんの意訳でどうぞ。

節約するのは、「もったいない」からでは、なかったのですね

鎌倉幕府の執権・北条時頼(ほうじょうときより)の母は、松下禅尼(まつしたぜんに)という方でした。
ある日、時頼が、母の住む館を訪れることになりました。

息子といっても、幕府の最高権力者です。館では、朝から掃除や接待の準備で大忙しです。

息子を迎える母は、自分で、障子戸の破れた部分を、一カ所ずつ小刀で切り取って、新しい紙に張り替えていました。

すると、この家の当主である松下禅尼の兄がそばに来て、

「そんなことまで自分でなさらなくてもいいでしょう。障子の張り替えは使用人にさせます。慣れている者がいますから」

と言います。

でも、母は、

「その者は、私よりも上手とは思えませんよ」

と答えるだけで、手を止めません。破れた部分を、一つずつ切り取って、新しい紙を張っていきます。見かねた当主は、さらにこう言いました。

「障子戸の紙を、一枚全部、張り替えたほうが、よっぽど簡単です。そのように破れた部分だけ小さく切り取って新しい紙を張っていくと、まだらになって、見苦しいではありませんか」

ここで母は、初めて心中を語りました。

「私も、時頼が帰ってしまってから、さっぱりと全部、新しい紙に張り替えようと思っています。だけど今日は、わざとこのようにしておくのです。どんなものでも、少しだめになったからといって、捨ててしまうのではなく、傷んだ部分を修理して、大切に使うべきだということを、時頼に気づかせたいのです」

世の中を治める道の根本は、倹約にあります。松下禅尼が、身をもって節約の大切さを教えたのは、実に素晴らしいことではありませんか。

【原文】
「尼も後は、さわさわと張り替えんと思えども、今日ばかりは、わざとかくてあるべきなり。物は破れたる所ばかりを修理して用いることぞと、若き人に見習わせて心つけんためなり」と申されける。いとありがたかりけり。(第一八四段)

(かいせつ)
物を大切にするのは、「もったいない」からではありません。紙一枚にしても、それを作るには多くの人の苦労があったのです。その心を無駄にはできません。
節約するのは、お金をためるためではありません。私たちが、本当の幸せになるために使ってこそ、お金は生きるのです。

『徒然草』からの生きるヒント〜ものを大切にする心がけ(徒然草 第184段)の画像1
(月刊なぜ生きる3月号「古典を楽しむ」 意訳・解説 木村耕一 イラスト 黒澤葵 より)

心を大切にして生きる

木村耕一さん、ありがとうございました。

子供の頃、友達の家に遊びに行った時、障子の破れた部分に、桜の花びらの形で穴が塞がれているのを見て、なんだかとっても、温かい気持ちになったのを思い出しました。

「もの」を大切にするのは、それを作った人の「心」を大切にすることになるのですね。
だから「もの」を大切にする場面を見ると、温かい心遣いを知らされて、和やかな気持ちになるんだなと分かりました。

また「もの」を大切にして、節約するのは、お金をためるためだと思っていました。
しかし、お金は使うためにあります。
兼好さんは、私たちが本当の幸せになるために使ってこそ、お金は生きると教えてくれました。

「もの」を大切にすることで、他人の「心」を大切にし、また自分の人生も大事にできるんですね。

『徒然草』には、生きるヒントが詰まっていました。
古典はいいですね。

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