弁護士に聞く終活のススメ #7

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兄弟間で遺産トラブル!?遺産争いが解決するまでの流れを解説

遺産トラブルが起きたときの解決方法は?

終活をする際に何よりも大切なのは遺言書を書いておくことです。
遺言書がない場合に、残された家族がどうなるか、これまでにも説明をしてきました。

遺言書がなかった場合に、遺産は具体的にどのように承継される(分割される)のか、これを知っておくことは重要です。
もしも話し合いがうまくいかず、遺産相続でトラブルが生じた場合は、裁判所の助けが必要になります。

今回と次回の2回にわたり、紛争が解決するまでの流れについて解説したいと思います。

残された多額の遺産…どう分割する?

K子さんは、兄・L男さんとの2人だけの兄弟です。
2人の親は地主だったことで、経済的には恵まれていました。
やがて、その父(太郎さん)、そしてその後を追うように母(花子さん)が死亡し、多額の遺産が残されました。
遺言書はありませんでした。

父の遺産として、市内でも人気のある住宅地に幾つかの宅地がありました。
そのうち、L男さんの豪華な自宅の敷地は父名義のまま(時価約5000万円)でした。
ほかにも、L男さんの主導で営む会社名義のアパートを建てている宅地が3筆ありました(合計約1億4000万円)。

更には、住宅街の真ん中に、畑として家庭菜園に使っている土地もあります(時価約6000万円)。
これらの土地建物は、合計約2億5000万円もの額にのぼりました。

ただ、預貯金は、3つの銀行に合計1000万円程度があるだけ。
なお、母の花子さんには、遺産はほとんどありませんでした。

兄が作ってきた遺産分割協議書

上記遺産のうち、アパートの管理は、父の晩年の10年間は兄・L男さんが自ら行っていました。
また長男が家を継ぐ、という戦前からの一般市民の強い感情もあります。

そのため、L男さんは妹・K子さんに対し、書面(遺産分割協議書)を作ってきました。
その内容は、「1000万円だけ用意するから、遺産は全部自分(L男)が取得することでお願いしたい」というものでした。
そして、K子さんに署名押印を要求したのです。

これによれば、2億6000万円の遺産のうち、1000万円はK子さんが取得するものの、残りの2億5000万円(遺産の96%)はL男さんが取得する、ということになってしまいます。

遺産トラブルが起きたときは…遺産分割の調停

そこでK子さんは、即答は避けて、弁護士事務所を訪れ、相談しました。
すると弁護士は、「遺言書がなく、相続人はあなたとL男さんの2人だけとすれば、あなたには遺産の2分の1をもらう権利があります」と教えてくれました。

しかしK子さんは、いくらそう言われても、「兄が応じてくれるとは思えません」と打ち明けました。
兄のL男さんは、機嫌が悪くなると、自分の言い分だけを述べ、相手の話に耳を傾けることのない性格だったからです。

それを言うと弁護士は、「大丈夫ですよ。相手が当方の請求に応じなければ、地元の家庭裁判所に遺産分割の調停を起こせばよいのです」と教えてくれました。
更に聞くと、

「調停というのは、家庭裁判所での手続きです。
家庭裁判所の非常勤職員である調停委員2名と家庭裁判所の裁判官が双方の間に入り、当事者間で合意に達するよう、双方に働き掛けてくれます。
直接交渉で全く応じなかった人でも、調停の場で調停委員に誘導されたり説得されたりすれば、たいてい話がつくものです」

とのことでした。

「調停でも相手が応じなかったらどうなるのですか?」とK子さんの疑問に、弁護士は次のように答えました。

その時は、調停を打ち切って、引き続き、同じ家庭裁判所の裁判官に担当してもらい、審判に移行してもらうことができます。
審判ではその裁判官が1人で手続きを進めます。
そして裁判官は、双方から提出された主張や証拠に基づき、遺産の分け方を決定してくれます。
その決定書には、確定判決に準じた効力がありますから、相手が決定したとおり支払いをしなかったりすれば、相手の財産を差し押さえすることもできるんですよ

そこで、K子さんは、弁護士にすべてを任せることにしました。
弁護士は早速、「遺産分割調停申立書」という書面を作り、家庭裁判所に提出してくれたのです(調停申立)。

養子縁組が判明!兄弟の遺産分割はどうなる?

すると、その約1か月半後に、1回目の調停が開かれることになりました。
「その日は出席して下さい」との連絡が弁護士からありましたので、K子さんは第1回の調停期日に出頭したのです。

すると、相手から、答弁書が出ていることが分かりました。
それを読むと、驚くべきことが書かれていました。
相続人はL男さんとK子さんの他にもいる、と言うのです。

L男さんの妻・M美さんとL男さんの長男・N太さんが、いずれも5年前に太郎さんと花子さんの養子になっていました。
その両名も太郎さんの相続人であって、K子さんの法定相続分は4分の1に過ぎない、などと書かれていたのです(図1参照)。
兄弟間で遺産トラブル!?遺産争いが解決するまでの流れを解説の画像1

K子さんは、お嫁に行った身ではありましたが、両親には月に1度は会いに行って身辺のお世話などをしていたほか、週に1~2度は電話をして近況を知らせ合っていました。
ですから、両親が養子を取れば分からないはずがなく、L男さんが不正な手段を使って勝手に養子縁組をしたとしか考えられませんでした。

また、両親は7~8年前から認知症の症状が出ており、財産管理は同居していたL男さんにお任せの状態だったのです。
ですから、「養子縁組が有効とは考えられない。きっと兄が一方的に押しつけたか、勝手に養子縁組届を出したもので、無効に決まっている」と思われました。

訴訟とは?紛争の解決の方法の一つ

K子さんがその旨を説明したところ、調停委員からは、「このまま調停を続けるか、それとも取り下げるか決めて下さい」と言われました。
本件のように、養子縁組が2件とも有効ならばK子さんの相続分は4分の1ですが、無効となれば、2分の1ですから、取り分が全く異なってしまいます。

このような場合、あくまで無効の主張をするのであれば、調停は続けられません。
調停はいったん取り下げて、改めて、同じ家庭裁判所に対し、養子縁組の無効確認を請求する訴訟(そしょうー狭義の「裁判」のこと)(※記事の最後に解説を記載)を起こさなければならないことになっています。

K子さんは控え室に戻り、弁護士と2人だけで協議しました。
弁護士は、

「相続分が2分の1と4分の1とでは全然結果が異なります(2分の1なら1億3000万円、4分の1なら6500万円です)。
当時ご両親は認知症だったというのであれば、養子縁組は無効になる可能性があります。
養子縁組に納得できないなら、通常は無効訴訟を起こし、決着を図るべきです。
ただし、無効であることの証拠はこちらが用意して出さなければなりません。証拠不十分な場合は、裁判に負けます(養子縁組は有効となる)。証拠はありますか?」

とのことでした。

証拠が必要、と弁護士は言うのですが、何が証拠になるのかさえ、K子さんには見当もつかず、「何があれば証拠になるのでしょうか」と尋ねてみました。
すると「認知症だった、というのであれば、ご両親の当時通院していた病院のカルテを取り寄せてみたらよいでしょう。認知症が進んでいたことが分かるかもしれません」とのことでした。

そこでK子さんは、調停は暫く保留にしてもらい、両親が受診していた病院に行ってカルテを取り寄せて、弁護士に分析してもらいました。
その結果、当時養子縁組を有効にできる精神状態ではなかった疑いが濃厚となりました。
そこでK子さんは意を決し、調停はいったん取り下げして、養子縁組無効訴訟を起こすことにしたのです。

訴訟の結果が出るまでどれくらいかかる?

以後、K子さんは、弁護士を通じて訴訟活動を行いました。
訴訟の手続きについては、裁判所のHPを参照してください。
https://www.courts.go.jp/saiban/syurui/syurui_kazi/kazi_04/index.html

養子縁組の無効を主張する訴訟は、親子関係に関わるものですから、人事訴訟と言われ、家庭裁判所で行います。
しかし、行うことは、地方裁判所の民事訴訟とほぼ同じです。

まずはお互い書面で言い分を述べ、争点が明確になれば証拠調べをして、判決をもらいます。
通常、裁判を起こしてから判決までに、通常は1年前後、もしくは2~3年かかることもあります。

家庭裁判所の判決に納得できなければ、その当事者は高等裁判所に控訴することが可能です。
控訴してから判決までは、通常、半年前後かかります。

訴訟は三審制ですから、高等裁判所の判決に対し、更に不服があれば、最高裁判所に上告することもできます。
上告については、早ければ(つまり、すぐに棄却される場合は)、4~5か月ですが、もっと長くかかることもあるのです。

遺産トラブルの解決まで長い道のり

K子さんの場合、養子縁組は無効である旨の主張が認められ、家庭裁判所では無効判決が出ました。
ただ、L男は強硬に反発し、控訴しました。
高裁でも同じ結論だったのですが、相手は更に上告し、最高裁判所の判断を仰ぐことになりました。

その結果、最高裁でもK子さんの言い分が認められて、ようやく、養子縁組の無効訴訟はK子さんの勝訴で終了(確定)しました。
無効訴訟を起こしてから判決が確定するまでに、約2年半を要しています。

無効訴訟は終わりましたが、まだ、遺産分割の紛争は終わっておりません。
遺産トラブルが決着するのは、まだまだこれからです(図2参照―この図については次回詳しく説明します)。
兄弟間で遺産トラブル!?遺産争いが解決するまでの流れを解説の画像2

次回、いよいよ本題の遺産分割の調停について解説します。

***【語句解説】***

裁判所は、個別の紛争を解決する国の役所で、裁判所で行う手続き全般を裁判と言います(広義の裁判)

ただし、紛争にもいろいろな種類があります。
裁判所では、その紛争の中身に応じて幾つかのメニューを用意しています。
狭い意味では、権利の有無を証拠に基づき取り調べをして決定する手続きのみを裁判と言い、これを「訴訟(事件)」とも言います。

これに対して、調停とは、訴訟ではありませんので、難しい言葉で言えば「非訟(事件))とも言われ、双方の紛争の中に裁判所が入って話し合いで解決を図るものです。
そして、訴訟と調停の中間的な手続きが審判です。
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