1. 仏教
  2. 仏教の基礎

「歎異抄」のこれだけは知っておきたい基礎知識

日本の名著として数えられる『歎異抄』。浄土真宗の書物ではありますが、宗派を超えて、多くの人に読まれてきました。
どのような本なのか、3分で読める入門知識をまとめました。

歎異抄を知らなかったら大きな損失?

歎異抄(たんにしょう)」という本は、古典の中では、それほど知名度は高くないと思っていませんか?
私の周りにも、「知らない」という人、「そもそも、どう読むのか分からない」という人も、結構あります。

ところが「歎異抄」は、思っているより多くの人に知られているのです。
学校の教科書にも載っています。大学入試に出ることもあります。

ベストセラー「声に出して読みたい日本語」シリーズなどで有名な齋藤孝さんは、次のようにコメントしています。

『歎異抄』を声に出して読むと、親鸞が生の声で自分に語ってくれているという感触が伝わってきます。

この(歎異抄の)言葉そのものに出会うことができなかったとしたら、おそらく、日本人にとっては非常に大きな損失であったでしょう。
(「声に出して読みたい日本語 音読テキスト③ 歎異抄」)

日本を代表する教育学者が、日本人にとって、知らなかったら大きな損失!とまでいわれるほどの本。それは、いったいどんな本なのでしょうか。
紹介していきたいと思います。

歎異抄の著者は親鸞ではない

歎異抄といえば親鸞聖人、親鸞聖人といえば歎異抄。
そういわれるほど、「歎異抄」と「親鸞」はペアで覚えられていることが多いようです。

ですから当然、歎異抄を書いたのは親鸞聖人でしょう、と思っている人が多いのですが、実は、歎異抄の著者はハッキリ分かっていません

おそらくは、700年ほど前、親鸞の弟子の一人、唯円(ゆいえん)によって書かれたのではないかといわれています。

それは、唯円と親鸞聖人との会話が記されているところがあるからです。
しかし、決定的な証拠はなく、今も「著者不明」のままです。

歎異抄の書名の由来は?

歎異抄は、全部で18章あります。
1~10章は、著者が「お師匠様の親鸞聖人から、このようにお聞きしました」という内容が書かれています。
それぞれ章の文末は、「~と云々」もしくは、「~と仰せ候いき」です。
いずれも「~と聖人は仰せになりました」ということですから、「~」の部分は、親鸞聖人の直の言葉なのです。
齋藤孝さんが、「親鸞が生の声で自分に語ってくれている」と感じた理由は、親鸞聖人が語ったセリフですから当然なのかもしれませんが、その言葉が、読む人の心をつかみ、胸に響く名文であったから、ともいえるのではないでしょうか。

後半の11~18章は、著者が、当時、人々の間に広まっていた異説(親鸞聖人が教えられたことと異なる内容)を正したものです。

書名の「歎異」は、「異なる」を「歎く」ということですから、異説を歎き、正すために書かれた本、ということなのです。

歎異抄の核心はどこにあるのか

書名の成り立ちからいえば、歎異抄の本番は、異説を正した後半部分といえるかもしれません。
しかし、11~18章に書かれている説は、今日はあまり聞かれないものがほとんどです。
現代の私たちに、直接の関わりは少ないといわれています。今は、むしろ、前半の「親鸞聖人の言葉」として伝わっているところが、注目されています。

中でも、最初の1章は、仏法の肝要をいわれた言葉であり、あとの17章全てが収まる最も重要な章といわれています。

短いですので、1章の全文を紹介します。

「弥陀の誓願不思議に助けられまいらせて往生をば遂ぐるなり」と信じて「念仏申さん」と思いたつ心のおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり。
弥陀の本願には老少善悪の人をえらばず、ただ信心を要とすと知るべし。
そのゆえは、罪悪深重・煩悩熾盛の衆生を助けんがための願にてまします。
しかれば本願を信ぜんには、他の善も要にあらず、念仏にまさるべき善なきがゆえに、悪をもおそるべからず、弥陀の本願をさまたぐるほどの悪なきがゆえに、と云々。

歎異抄は日本哲学の中軸になっている

少し話が変わりますが、「哲学者」と聞いて、誰をイメージするでしょうか?

最近はニーチェが人気で、コンビニ店員になったり(『ニーチェ先生~コンビニに、さとり世代の新人が舞い降りた』)、京都にも現れたり(『ニーチェが京都にやってきて17歳の私に哲学のこと教えてくれた。』)と、いろいろなところで取り上げられています。

他にもソクラテス、プラトンやデカルト、カントなど、何人かの名前が浮かぶでしょうが、おそらくあなたの頭に浮かんだのは「西洋の人」ばかりではないでしょうか。

では日本に「哲学者」はいなかったのか?
そうではありません。

世界に認められた哲学者として「日本の三哲」といわれたのが、西田幾多郎、三木清、田辺元です。
実は、これらの3人はみな、歎異抄に説かれている思想をバックボーンにして、自らの哲学を構築した人なのです。

「日本の三哲」の筆頭である西田幾多郎は、このように述べています。

一切の書物を焼失しても『歎異抄』が残れば我慢できる。

これ一冊でいい、ここまで言い切れる本は、そうそうは巡り合えないものでしょう。

また、日本大衆文学の巨匠、司馬遼太郎も、このように表現しています。

無人島に一冊の本を持っていくとしたら『歎異抄』だ。

文章家として、最大級の賛辞といえるでしょう。
歎異抄には、名文・美文であること以上に、非常に深い思想があり、それが多くの哲学者や作家に認められているということなのです。

歎異抄が500年間封印された理由

歎異抄は、著名な哲学者たちに影響を与えた本ではありますが、不思議なことに、昔からずっと読み継がれて今に至っているのではないのです。

歎異抄が広く知られるようになったのは、成立してから600年も経った、近代(明治の末)になってからのことなのです。

親鸞聖人の教えを、もっとも多くの人に広めた人として、一番に挙げられるのが、室町時代の蓮如上人です。親鸞聖人の8代目の子孫です。
なんと蓮如上人は、この歎異抄を「誰にでも見せてよい本ではない」と、封印されたのです。
その理由は、親鸞聖人を誤解させるおそれがある、ということからでした。

どう誤解されやすいのか、3章の「善人なおもって往生を遂ぐ。いわんや悪人をや」について、少し見てみたいと思います。

歎異抄といえば悪人正機だが…

歎異抄といえば、学校で習った人なら「悪人正機」とすぐに答えるでしょう。
浄土真宗の悪人正機説を、衝撃的に、いちばん印象深く知らせた言葉が、3章にあるのです。
それが、前述の言葉です。日本の思想史で、もっとも有名な言葉だといわれています。

善人なおもって往生を遂ぐ。いわんや悪人をや。

そのまま読むと、「善人でさえ浄土へ往ける。まして悪人はなおさらだ」ということです。
「え? 善人と悪人が逆じゃない?」と思いませんか?
「悪人のほうが救われる」なんて、悪を犯さないように心がけている私たちにとって、とても受け入れられるものではありません。

しかし、これを「悪をするほど助かる」と読んで、平気で悪を行う人たちが現れたのです。
親鸞聖人の正しい教えを伝えるどころか、「親鸞の教えは、悪人製造の教え」と非難されるタネになってしまいました。
蓮如上人が警告したとおりのことが、起こってしまったのです。

歎異抄の「悪人」とは誰のこと?

では、親鸞聖人が、「善人なおもって往生を遂ぐ。いわんや悪人をや」と言われた真意は、どこにあったのでしょうか。

歎異抄の中には、親鸞聖人が自身のことを、「悪人」だと言っているようなところがあります。

いずれの行も及び難き身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。

どんな善いこともできない親鸞だから、地獄よりほかに行き場がない

さるべき業縁の催せば、如何なる振る舞いもすべし。

縁さえ来れば、どんなことでもする親鸞だ

“聖人”と呼ばれるような方が、法律で罰せられるような犯罪行為をするはずがないですし、人から後ろ指さされるような、道徳や倫理に外れた言動をすることもありえません。

仏教でいわれる「悪人」は、私たちが思っている人間とは、まったく違うのです。

………………………

もっと詳しく知りたい方は、『歎異抄をひらく』(高森顕徹 著)をごらんください。

歎異抄の基礎知識まとめ

  1. 成立は700年ほど前(鎌倉時代)
  2. 著者不明だが、高弟の唯円の説が有力
  3. 18章から成る。10章までは親鸞聖人の直の言葉が記されている
  4. 親鸞聖人の教えと異なる説を歎き、正した本
  5. 1章に、18章の教えすべてが収まる
  6. 歎異抄の思想は、日本哲学の中軸をなしている
  7. 室町時代、蓮如上人によって封印された
  8. 歎異抄といえば悪人正機

もっと詳しく知りたい人へ、参考になる本