1万年堂出版が開催した
読者感想文コンクールの
入賞作品の一部をご紹介します。

銀賞

『親のこころ』を読んで

安島一之さん(51歳・茨城県) 一般の部

人間の叡智というのは、実に素晴らしいものだと思う。科学技術の進歩に生き、医療技術や脳科学に生かされる。しかし、一方で、未だに戦禍の絶えない地域の存在に代表される、人間の愚かな一面もまた、感じざるを得ない。卑近な例で言えば、「親の心、子知らず」「親になって初めて知る親心」など、昔から伝えられている親と子に関する格言が、現在でも至言として私たち身近にあるのは、”心”の面での人間の成長が、人類誕生のころからさほど大きくないということなのだろうと思う。

事実、私もまた、一昨年冬に母を亡くして初めて、母のありがたみや大切さを痛感した。入院先の病院で、何の前ぶれもなく、病院関係者すら看取ることのできなかった、寂しい突然の死は、残された私たちに、さまざまな後悔の念を抱かせた。「もっと優しくしてやればよかった」「あのとき、こうしておけば……」等々、自分たちを責める思いとともに、「あのころ、こんなことをしてくれた」「今でも頑張れるのは、あのときのあの言葉があるからだ」と、母の存在の大きさを再認識した。ここでも、「親孝行したいときには親はなし」の格言が、これまでにない重みを持って、私たちの心に迫ってきた。こうした思いは、時間が少しずつ癒してくれてきてはいるものの、小さく刺さったとげのように、ときおり、ちくちくと痛みを生む。まるで、母が「その思いを忘れてはいけない」と言っているかのように。

そんなときに出合ったのが、この『親のこころ』。この本に接して救われた気がした。それは、常に親は子のことを気にかけ、この幸せを最優先に考えているのだということを実感したからだ。

「車が心配だからと、高齢の母は、五十歳を過ぎた私の手を握り、横断歩道を渡る」と語る女性や、「どんなことがあっても、おまえだけは一生安楽に養い通すぞ、たとえこの母が食べるものを食べずとも」と決心したという野口英世の母に接して、親が子供に寄せる思いには並々ならぬものがあるのだと改めて感じた。そういえば、私の母も、常に私のことを気にかけてくれた。長い入院生活の内に、多少認知症の傾向の出た中で、母の顔を見に行くと出る言葉はいつも、

「早く帰れ、暗くなると帰り道が分からなくなってしまうから」。

自分が壊れていく中でも、私は相変わらず、子供であった。

そういう“親のこころ”に応えていくのは私自身が健康で、幸福であること、言い換えれば親に心配をかけないことであるのだろうと思う。その点、今の私は家族にも恵まれ、仕事にも大きな障壁はない。今の生活を維持していくことが、亡き母への恩返しになるのだろう。この本を通して、その思いに至ったとき、私は間違いなく救われたし、癒された。

この本で紹介された、与謝蕪村をして「母のふところには、どこにもない格別な温かさがありました」と言わしめた母の愛。鴨長明の『方丈記』に記された親の愛、それらから筆者の感じる親の思い、さらには市井の人々の受けた親のこころ、いずれも心に響き、心に深くしみた。しかし、それらは私同様、後になって分かるものがほとんどだった。“格言に真理あり”のはずなのに、そのときには分からない。ここにも人間の愚かさを感じた。昔から後世に綿々と伝えられてきたものは、ぜひ大切にしたい。今、強く思う。『親のこころ』から私は、こうした深い教えを学ぶことができた。

人類の誕生以来、“心”の面は大きく成長していない部分が残念ながら残っているうえに、近年では、決してなくしてはいけない人間の“情”というものまで薄らいでいる気がしてならない。親の、子を思う心も、その1つであろう。だからこそ、私がここで感じたことを周囲や子供たちに伝えていかなければならないと思う。“格言”が“死語”と

なるような社会の在り方を目指して。
“親の恩は海よりも深く、山よりも高い”という言葉もある。母を亡くした私には、その恩は、私が元気で幸福でいることでしか返せないが、幸いにも元気で第二の人生を謳歌している父がいる。今後は父に、自分の悔いの残らぬ接し方をしたいと思う。

“孝行のしたい時分に親はなし 石に布団は着せられず”

と、この本で紹介された孔子「風樹の嘆」が今、心にしみている。