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40代から高まる失明のリスク(前編)糖尿病網膜症がなかなか減らない理由

糖尿病網膜症は、糖尿病を治療せずに放っておくと、失明に至る病気です。

1988年に成人の失明原因の第1位だったのが、2016年には3位まで下がりました。
それでも、糖尿病が原因で失明する人は後を絶ちません。

どうすれば失明を免れることができるのか。
2018年12月に行われた、眼科専門医の舘奈保子氏の講演をまとめました。

 

失明する病気かどうかは見かけでは分からない

始めにこの写真を見てください。

40代から高まる失明のリスク(前編)糖尿病網膜症がなかなか減らない理由の画像1

ビックリしますよね。
これは結膜下出血といって、白目が突然赤くなります。
目が真っ赤になるので、見かけで驚いて、救急外来に来られることがしばしばあります。

このような出血は、まばたきの拍子に、目の表面の血管がよれて出血するのです。ですから、失明することはありません。

目が見えるしくみは、外から来た光が、網膜に届いて見えます。

40代から高まる失明のリスク(前編)糖尿病網膜症がなかなか減らない理由の画像2
目が見えるか見えないかは、目の表面に出血することとは全く関係のない話です。
結膜下出血は、注射したときに、皮膚の下が青くなるのと同じことが起こっているだけで、放っておいたら自然に治ります。
昼間は涙が出ていますが、夜になるとあまり涙が出なくなります。それを無理して起きて目を開けていると、渇いて出血する、ということがあるのです。お酒を飲んで夜更かししたときなどによく起こります。

では、失明するような目の病気は、このように目が赤くなるかというと、赤くならないのがほとんどです。青くもなりません。
見かけは全然変わりません。
知らない間に病気が進んでいくものですから、「気がついたら見えなくなっていた」ということが起こるのです。

藤原道長の失明原因は糖尿病だった?

この世をば わが世とぞ思ふ望月の 欠けたることも なしと思へば

これは、平安時代の藤原道長という人が詠んだ歌です。
「この世の中、俺のもんだ」
月は新月になったり、半月になったり三日月になったりしますが、「私の月はいつも満月だ」と言っています。
なぜかというと、自分の娘を天皇家に嫁入りさせて、そこで生まれた子どもを天皇にすることによって、天皇の祖父として、孫の天皇を思いどおりに動かし、世の中を自分の思いどおりに動かすことができたからです。

その道長が、晩年どうなったかというと、
2、3尺相去る人の顔も見えず
と言っています。
1メートルかそこらの人の顔が見えなくなってしまったのは、道長が糖尿病だったからといわれています。糖尿病から目の見えない状態になってしまったということです。

当時、道長がどんな生活をしていたか、と考えてみますと、どんなに美味しい物を食べていたといっても、そんなにいい食事を毎日食べていたとは思えません。調理方法といっても、焼く、煮る、蒸す、この3つくらいしかなかったでしょう。現代の私たちのほうが、よっぽどいい物を食べています。揚げる、炒める、という調理でたくさん油を使って、カロリーの高い物をふつうに食べています。
また移動するにも、当時は、歩くか牛車に乗るかですから、私たちが毎日車に乗って好きな所へ移動するのとは違っていたと思います。

私たちは、道長よりずっと楽チンな生活をしながら、いい物を食べているわけですから、糖尿病で悪くならないわけがないのです

なぜ糖尿病になると、目が見えなくなるのか

「糖尿病になったら、私もメガネが要るようになるのですか?」
とよく聞かれます。
このように言う人は、「私は今までメガネの世話になったことがない」「ずっと視力は2.0です」という人が多いのです。
糖尿病で見えなくなる、というのはどういうことか、説明します。

目が見える仕組みは、外から来た光が、目の玉の内側の神経の膜(網膜)に届いて、網膜で受け取った信号が、脳へ送られて見える仕組みになっています。
糖尿病で壊れるのは、光を受け取る網膜です
網膜の中心で、視力を担当している部分を「黄斑」といいます。

黄斑の断面の写真を見てください。

40代から高まる失明のリスク(前編)糖尿病網膜症がなかなか減らない理由の画像3
視力1.0の目は、黄斑がしっかりあります。
しかし、糖尿病網膜症が進行すると、黄斑が薄くなっています(右側の写真)。
傷んでしまって、働きをしなくなってしまうのです。

メガネやコンタクトレンズで加減ができるのは、網膜にピントが合うべきところが、ピントが網膜の手前だったり、後ろだったりする場合です。
網膜にピントが合うように持ってくるのが、メガネやコンタクトの働きです。

糖尿病網膜症で見えなくなるというのは、光を感じる網膜(黄斑)そのものが壊れるので、どんな眼鏡をかけようが、どんなレンズを入れようが、見えなくなるのです

「糖尿病の疑い」と毎年言われていたら、もはや疑いではない

糖尿病網膜症の初期は、まったく無症状です。
住民健診や職場の健診で、「糖尿病の疑い」と言われることがあります。
なぜ「疑い」という言い方をするのかというと、健診の血液検査で血糖値が高くても、そのとき、たまたまだったかもしれないからです。
検査の前に走ってきたとか、ちょっと前に食事をしてきたということがあれば、血糖値は上がります。
それは糖尿病ではなく、健康な体の反応ですから、1回の検査で血糖が高かったからといって、すぐに糖尿病とは診断されないのです。

しかし、何度測っても「糖尿病の疑い」と書いてあれば、ちゃんと内科で検査を受ける必要があります
そのとき高かっただけなのか、本当に血糖値が高いのか、調べてもらいます。

「10年前から、毎年糖尿病の疑いと言われている」と胸を張る人がいるのですが、それは、もう疑いではありません

糖尿病とはどんな病気?

食いしん坊だからなるのではない

糖尿病は食いしん坊な人がなると思っている人もありますが、そうではありません。
食べ物に気をつけていても、糖尿病になるタイプもあります。
人間の体の血糖値をコントロールするところが、さまざまな原因で壊れてしまい、いつも血糖値が高い状態になってしまうのが糖尿病です。
血糖値が高い状態をそのままにしておくと、いろいろな症状が出てきます。

最初の症状は「喉が渇く」

糖尿病になって最初の症状は、「喉が乾く」。
頻繁にトイレに行きたくなりますので、それでまた喉が渇くのです。

そこですぐに治療しておかれればいいのですが、何年も放っておくと、糖尿病の3大合併症が起こります。

糖尿病の3大合併症とは

  1. 腎症⇒透析
    腎臓は体の中のいらなくなったものを小水として外に出す働きがあります。その働きがうまくいかなくなることで、体の中に毒がたまってしまい、透析をしなければ命がなくなる、という状態になります。
  2. 神経症⇒壊疽
    血液の巡りが悪くなって、やけどをしたり、炎症を起こしたりしても、痛いとか熱いとか感じなくなります。気が付かないうちにその部分が腐っていく、ということが起こります。
  3. 網膜症⇒失明
    網膜の血管が損傷し、光を感じる大事なところ(黄斑)が壊れてしまい、失明します。

この3つが立て続けに起こります。

糖尿病が放置されやすい理由

合併症を起こしてしまってから「これは困ったことだわね」と思われる方がたくさんいらっしゃいます。
そうならないように、「もっと前に治療しましょうね」と言っているのですが、元気に働いているときには、なかなかそれが心に届かないのです。

最初に糖尿病といわれたときには、教育入院をします。
糖尿病のコントロールをしながら、「将来こういうことが起こりますから、ちゃんと治療しましょう」と、糖尿病療養担当の専門の看護師から話があるのです。
そのときに、「そうかそうか」と聞いて、「分かったぞ」と思って退院されるのですが、退院されると忙しいです。
会社のこと、店のこと、「私がやらなかったら誰がやるんか」と、忙しい忙しいで毎日過ぎていきます。
そうすると、病院にも行かず、薬が切れたままで、ついつい何週間か過ぎ、そして、何週間が何カ月になっていくのです。

それでも、まだ体は何ともないのです。
「あのとき、あんだけ恐ろしい話を聞いたけれども、何ともないじゃん」
という期間がまた何年かあるのです
そうやって、治療せずに放っている方が、まだまだたくさんあるのです。

血糖値が上がってから「喉が渇く」という症状が出るまでに、何年間かあります。その後、腎臓が悪くなる、目が悪くなる、という症状が出るまでにまた何年かかかります。

私のところには、たいてい「突然見えなくなった」と来られます。

それまでにちゃんと眼科健診を受けていれば、眼底検査で血管がつぶれてきている(単純網膜症)ことが分かります。
次の段階(増殖前網膜症)になると、血管が大分つぶれてきます。
その後、新生血管というもろい血管が生えてきます(増殖網膜症)。

眼底検査を受けていれば、どの段階にあるかが分かるのです。

しかし、自覚症状だけでいえば、新生血管が破れて大出血するまで、気がつきません
網膜が腫れる黄斑浮腫が起こった場合も、視力がじわじわ悪くなるので、これも悪くなっていることに気づきません。

40代から高まる失明のリスク(前編)糖尿病網膜症がなかなか減らない理由の画像4

大切なのは、治療を途中でやめないこと

ご自身で「見えなくなった」と分かるのは、運転免許の更新のときなどです。
視力検査で通らなったとき、免許センターの人も、このような病気があるとは知りませんから、「ちゃんとメガネ作りかえておいてくださいね」「今回はおまけでとおしておきますよ」ということになるわけです。

それで病院に来られればいいのですが、そこもスルーしてしまうと、とんでもないところまでいってしまうのです。

今はいろいろな治療法があります。
出血が起こっただけで、網膜の損傷がそんなにひどくなければ、かなりの視力まで戻ります。

ところが、片方が悪くなったところで治療すれば、まだいいのです。
両方悪くなってからやっと来られた場合は、先に悪くなったほうが、まず助からないです

ですから、毎年健診を受けましょう。
血液検査で「糖尿病の疑い」といわれたら、内科にかかって調べてもらいます。
糖尿病と診断されたら、血糖を下げる治療を始めます。
治療しながら、目の症状がまったくなくても、1年に1回は目の健診を受けましょう。

肝心なことは、治療を途中でやめないことです。
必ず続けて治療をしてください
治療をされている方は、一病息災といいまして、糖尿病があることで、生活習慣が改善されますので、一生健康に過ごすことができます。

糖尿病網膜症で失明しないために(まとめ)

  • 健診を受ける
  • 糖尿病の疑いといわれたら、内科を受診
  • 糖尿病と診断されたら、治療を開始
  • 眼科も受診、まずは年1回
  • 治療を中断しない

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