つらい思いをして病魔と闘うのは、幸福になるため

 医療の現場では、命を延ばそうと懸命な努力がつづけられています。
 日本初の脳死移植は三大学から医師が集まり、氷詰めにした臓器をヘリコプターや飛行機で空輸。
 とくに心臓は、四時間以内に体内に戻さなければならないので、一分一秒を争う戦いです。
 脳死判定から術後の管理まで、費用はしめて一千万円を超えるといわれます。

 やがて必ず消えゆく命、そうまで延ばして、何をするのでしょうか?
 心臓移植を受けた男性が、何をしたいかと記者に聞かれて、「ビールを飲んで、ナイターを観たい」と答えています。
 多くの人の善意で渡米し、移植手術に成功した人が、仕事もせずギャンブルに明け暮れ、周囲を落胆させました。
「寄付金を出したのはバカみたい!」支援者が憤慨したのもわかります。

 命が延びたことは良いことなのに、なぜか釈然としないのは、延びた命の目的が、曖昧模糊になっているからではないでしょうか。
 臓器提供者の意思の確認や、プライバシーの保護、脳死の判定基準など、二次的問題ばかりが取り上げられて、それらの根底にある「臓器移植してまでなぜ生きるのか」という確認が、少しもなされてはいないようです。

 つらい思いをして病魔と闘う目的は、ただ生きることではなく、幸福になることでしょう。
「もしあの医療で命長らえることがなかったら、この幸せにはなれなかった」と、生命の歓喜を得てこそ、真に医学が生かされるのではないでしょうか。

 世の中ただ「生きよ、生きよ」「がんばって生きよ」の合唱で、「苦しくとも生きねばならぬ理由は何か」誰も考えず、知ろうともせず、問題にされることもありません。
 こんな不可解事があるでしょうか。
(『なぜ生きる』(著:明橋大二・伊藤健太郎、監修:高森顕徹)p.37-39)

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