1万年堂出版が開催した
読者感想文コンクールの
入賞作品の一部をご紹介します。

銀賞

『親のこころ』を読んで

矢口恭平さん(高校2年生・山形県) 高校生の部

誕生日とは、どのような日で、どう過ごすべき日だろうか。ほとんどの人は、自分の誕生日には、バースデーケーキを食べたり、いつもより豪華な食事をした り、プレゼントをもらい、みんなに祝ってもらったりしているのだろうと思う。私もたいていの人と同じで、自分の誕生日には、友達や家族から祝ってもらって いる。

しかし、この当たり前と思っていたことが、そうではなかった。自分の考え方が180度変わった。なぜこのように変わることができたのか、それは、この本の水戸光圀のエピソードを読んだからだ。それは、光圀の誕生日の時のことだ。

光圀の家臣たちは、光圀の誕生日に、豪華な食事を用意した。しかし、光圀は「誕生日には、白粥と梅干一つしか食べない」と言うのだ。せっかくの誕生日な のに、どうして質素な食事をするのか、最初私には全く分からなかった。光圀は、さらに家臣に向かって、「この日は、この世に生まれたことを祝うべき日かも しれないが、自分の母親が最も苦しんだ日であって、苦しめた日でもあるのだ」と言った。
私はこの言葉にとても感銘を受けた。誕生日というのは、自分で喜んだり、みんなに祝ってもらったりする日であるとばかり考えていた。

しかし、光圀は、私とは違う視点で考えていた。誕生日というものは、自分を生んでくれた「母親」が苦しんだ日だと考えていた。子供がこの世に生を受けた というだけではないのだ。母親は、約1年もの歳月を苦しみ、さらに食事や生活にも注意して、四六時中、お腹の中の胎児のことを気にかけていた。このような ことから、いつもより質素な食事をすることによって、母親の苦しかった境遇を少しでも感じ、申し訳ないと思い、生んでくれたことに対する感謝やうれしさな ど、様々な思いによって、「誕生日には、白粥と梅干一つしか食べない」というような行動をしていたのだろうと思う。

私は、この光圀がした行動や考え方について、まさしくそうだと思った。確かに1つ1つの新しい生命が誕生し、その誕生を祝うことも大切だと思う。しか し、この新しい生命が誕生するために、長い間、普段の生活や食事などすべてのことに対して気を遣い、日に日に増す痛みや苦しみに耐え、生まれてくるわが子 のため、全力を尽くしてくれた母親をいたわることも大切なことであると思う。

私の母親は、妊娠中は、食事面で充分な栄養を摂るように気をつけたり、風邪などの病気にかからないように予防したり、近くで父親にタバコを吸わないよう にしてもらったりするなど、自分の健康、そして胎内にいる私の体のことを考えて悪い影響を与えることをできるだけ排除し、よい影響をできるだけ与えるため に努力していた。

しかし、それでも足がむくんだり、足がつったり、体がだるくなったりしてしまい、身体的につらい思いをした。また、産後は、私がぜんそくになっていたの で父親にタバコを吸うのをやめてもらったことや物の角や危険なところにぶつかって傷をつけないように、角を丸くしたそうだ。妊娠中、産後はありとあらゆる ところに気を配っていた。

これらのことを知り、私は、親にマッサージをしてあげるようになった。最近では、母親だけではなく父親にもするようになった。それは、母親だけが苦労し たわけではなく、父親も同じように、自分のことを一番に考えて育ててくれた人でもあるからだ。ただ、するだけではなく、「いつもありがとう」という感謝の 気持ちと「無茶はしないでね」という心配の気持ちを持ってするようにしている。マッサージをしている時、母は「気持ちいいよ」と言ってくれる。

何気ないそ の一言がとても身に染み、うれしい気持ちにさせてくれる。私が親に感謝し、いたわろうとしているのに私も親に感謝されているのだなと感じた。

私は、このように親に対して行ったことを自分の家族や友達、先生方など、普段からお世話になっている方々にも広げていきたい。感謝の気持ち、お礼の言葉を言い、時には気持ちだけでなく何かをしてあげるなど、行動できたらよいなと思う。

例えば、私が最近するようになったマッサージや洗濯やお風呂掃除など体に負担のかかる仕事を続けていきたい。

そして私は、自分の将来のことも考えている。いつか自分に子供ができたなら、子供には、私がこの本と出会い、考えたことを伝えていきたい。私を支えてくれる周りの人に感謝し、その思いを行動として表していってほしい。

私は今、学生であるが、学校生活にしても部活にしても、周りの人の助けがあっていろいろなことができるということをいつも胸に刻み、将来の子供にも伝えていきたいと思っている。