一番おいしいものは塩、一番まずいものも塩

 徳川家康があるとき、本多忠勝、大久保忠勝らの剛の者らを集めて種々、手柄話などさせた後で、食べ物のことで試問した。
「この世で一番おいしいものはなにか、各自の思いを述べてみよ」
 ある者は「酒」といい、ある者は「菓子こそ」という。ある者は「果物だ」と、好みにおうじて嗜好物をあげて言い争った。いずれも家康は不満そうである。
 やがて家康は、平素から評価していた局の、お梶の方をさして、
「そなたは、なにが一番、おいしいと思うかな」
とたずねた。
 にっこり笑った、お梶の方は、
「一番おいしいものは塩でございます」
と、きっぱり答える。
 なるほどと、初めて満足そうにうなずいた家康は、重ねてたずねた。
「それでは、一番まずいものはなにか」
「一番まずいものは塩でございます」
 お梶は、無造作に答えた。
「さすが、お梶である」
 家康は、彼女の聡明さに感心したという。

 塩は味の素であり、あらゆる味を活かすものだから、一番おいしいものに間違いない。また、すべての味を殺すのも塩であるから、一番まずいものでもある。さらに直言すれば、本来塩は、おいしいものでも、まずいものでもなく、サジ加減一つで変化する。
 塩は味の材料にすぎないので、これをこなすサジ加減こそ、味の素であることを道破したところに、お梶の答弁が妙答として、万人をうなずかせるのである。

 健康も財宝も名誉も地位も、幸福の材料にすぎず、これらを自在にこなしきることこそ、人生の要諦であろう。

(『新装版 光に向かって100の花束』p.218-219 著:高森顕徹)

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