矢は一本しかないと思え 一意専心

 矢場に立った一人の男、二本の矢をたばさんで的に向かっている。
「おまえは、まだ初心じゃ。一本にしなさい」
 そばで見ていた白髪の指南は、にべもなくこう言った。
 弓を射るとき、諸矢(二本の矢)を持つのが通例である。
 初心だから二本持つな、一本にしろとはどういうことか。
 為損ずることの多い初心者だから、一本では無理だろう、二本持てというならわかるが、どうも腑におちない。
「はい、かしこまりました」
 素直な男は、言われるままに一本を投げすてた。
〝この一矢よりないのだ〟
 一本の矢に全精神を集中する。かくて彼は、みごとに的を貫いたのだ。
 初心者に、にあわぬできばえと、満場の喝采をえたが、〝一本にせよ〟の老指南の意味は、どうにもわからない。
 思案のすえ彼は、老先生を訪ねて教えをこうた。
 笑みをたたえて老先生、こう答えたという。
「子細はない。ただ後の矢をたのみにするから、初めの矢に専心できないのだ。どうしても油断ができる。勝つも負けるも、ただこの一矢の覚悟がなくては、何十本の矢も、みなあだになるのじゃ」
〝これがダメなら次がある〟の思いが専心を妨げるのである。熱中できるはずがない。
 熱中といえばフランスの大学者ビュデ。
 家事万端を妻にまかせて一意専心、勉学に没頭した。
「隣家が火事です。はやく、お逃げにならねば……」
と、書生が飛びこんだときも、
「すべて妻にまかせてあるから、家内に相談してくれ」
と、目もくれなかったという。
 ばかのような話であるが、一つのことに魂を、そこまで打ちこみたいものである。

 時空を超越して、一意専心、目的達成に熱中すれば、成就できぬ何事もないにちがいない。

(『新装版 光に向かって100の花束』p.29-30 著:高森顕徹)

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